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川越の文化財

編集・発行 川越市文化財保護協会
350 川越市元町1-3-1(0492-24-8811 内線2932)

川越市文化財保護協会機関紙「川越の文化財」より著者の許可を得て転載します。
文責は源五右衛門にあります。

ご意見・ご感想などお寄せいただければ幸いです(著者に伝えさせていただきます)。


第65号・平成8年7月31日発行

主な内容


鎌倉から来たお嫁さん

 かつて妻を伴い鎌倉見物をした折のこと。寿福寺に参詣して北条政子の墓と称する供養塔に接していささか驚かされた。それは、以前川島町の広徳寺大御堂に詣で、これこそ政子の墓として比企一族が大切に保存し続けていたとの由緒を勉強していたからである。遠く隔てて二基の墓があり、余りの違いに驚いた次第である。

 ついつい大声で話し合っていたとき、ちょうど我々ぐらいの年配の方が寄ってきて「どちらから来られたのですか。」と尋ねる。川越からである旨伝えると、「私は、川越の仙波というところであちこちを訪ね、幕末のころこの鎌倉から川越へ嫁いだ娘さんがいないかと調べて歩いています。その訳は、黒船騒動のとき湘南方面に駐留した川越藩士と土地の娘さんと仲良くなり、嫁として川越への帰参に随った人が幾人もいたはずだからです。」という。

 思いがけず耳にした湘南のロマンに、後日先祖が松井松平様との関係があったらしいといわれる知友に尋ねてみたが、なかなかロマンの話しにはたどり着けない。しかし、外国奉行を勤めた松平様が外国人との接触で珍しい文物について広い知見を持ち、新しがり屋であったとすれば、若い藩士が新しい恋愛観にもとづき任地で結婚相手を得て新妻を川越に連れて帰ったとしても何ら不思議はない。むしろ私は微笑ましいことだと思っている。

 今でも鎌倉へ行ったらあの時のお年寄りに逢えるかなと期待している。また、この小文を読まれた方で湘南からのお嫁さんの消息を知る人がないかと秘かに期待している。

  江戸を見た雁の帰りのかしましさ

                                        (副会長 平野 太郎)


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