アメリカの核政策とCTBT(包括的核実験禁止条約)

ジヤクリーン・カバソ (米国西部諸州法律基金事務局長)

私は戦後生まれの米国人です。成人してからは核兵器の廃絶に一身を捧げてまいりましたので、この「つどい」に参加させていただき、本当に名誉に思っています。そして、広島・長崎への原爆投下という人間性への深刻な犯罪に対して、我が国の政府が日本の国民の方々に、まだ公式に謝罪を表明していないことを残念に思うものです。
一ヵ月前、長い間議論が闘わされていたCTBT(包括的核実験禁止条約)が調印にいたりました。 しかし、いまだに世界には何万という核兵器が実戦配備されており、その多くが警戒体制下に置かれています。また、5つの核保有国は現在の核兵器を少なくとも近い将来は維持すると表明しています。世界中の海域で、最も破壊力が強く洗練された核兵器を積んだ潜水艦が警戒に当たっており、世界のどの都市でも即時に攻撃できます。また、米国はB‐2爆撃機やトライデント潜水艦の数をひきつづき増やそうとしています。
たとえSTARTII(第二次戦略兵器削減条約)が批准され完全に施行されても、2003年以降、米国は約1万発の核兵器を保有することになります。 これには、実戦配備されている戦略・非戦略核兵器のほか、予備兵器、実戦配備されていない兵器が含まれます。 STARTIIをロシアが批准するかどうかは、今のところよくわかりません。米国がNATOの枠組みを東欧へ拡大し、東欧に弾道ミサイル防衛システムを配備するのではないかと、ロシアが恐れているからです。
冷戦の終焉によって、新たな核の論理、新たな核兵器システムが展開され始めています。 核大国は互いの腹を探り合うかわりに、「ならず者国家」や世界のいたるところにいるテ ロリストグループが化学・生物兵器を使うのを「抑止」するためとして、核兵器の新たな使い方を模索しています。
核拡散防止や核実験禁止の論理では核のない世界は達成できません。その論理では、少数の核保有国が今後もひきつづき核を持ち続けることになります。つまり、我々が共通の安全を確保するためには、この世界からあらゆる核兵器を追放することが必要なのです。
■CTBT 一つの事例研究
CTBTの完結は、これまで約50年間かけて核実験禁止を求めてきた軍備管理・軍縮論者にとって大きな成果です。 しかし、CTBTが何をもたらすのか、そして何をもたらしえないのか、考えてみる必要があります。
新たな核兵器の近代化・開発を止め、既存の核兵器の劣化・自然崩壊を導くという、歴史的な期待がこの条約にはありました。その期待に応えるには少なくとも30年は遅すぎました。
それどころか、この条約のテキストの最終版は、地下核爆発は禁止しているものの、核実験の定義づけを慎重に回避し、核保有国と非核保有国の分裂を温存し、核軍縮へ直接に連動させることも避けています。 CTBTによって大規模な核実験は禁止されるでしょうが、新たな核兵器の開発については、米国であれ、(程度はともかく)他の核保有国あるいは灰色国であれ、それに上限を定める内容とはなっていないわけです。
CTBTの国際的同意がここまで遅れてしまった裏には、力を持ったエリート研究者集団が核大国の政府に大きな影響を与えたという事実があります。このエリート科学者たちは、CTBTを黙認はしましたが、その黙認と引き換えに新世代の実験室規模の装置に対する莫大な投資の約束を引き出しました。それによって、地下核実験ができなくなった埋め合わせをしようと考えたのです。
米国のCTBT受諾条件を決めるうえで、こうした科学者と研究機関が果たした役割は見過せません。米国は地下核爆発の恒久的禁止に積極的に同意しました(それが条約達成の重要な要因となったことは否定できません)が、マンハッタン計画の後継者たちがいかに米国政府をあやつって自分たちの権益を確保したかということが、そこからわかるのです。その結果、犠牲となったのが核兵器廃絶の期待であり、地球規模での安全保障です。
■CTBT 今、なぜ?
l995年5月、核軍縮への期限を定めた言明もなくNPT(核拡散防止条約)の無期限延長が決まりました。決定の際には締約国間の合意もなければ、大多数の意思一致もありませんでした。
これは米国と他の核保有国のきわめて高圧的な国際キャンペーンによって行なわれたものであり、その裏にあったのは、延長会議の議長であったスリランカのジャカンタ・ダナパラ大使の外交的な手腕でした。核保有国と多くの非核保有国との間の意見の深刻な違いを隠蔽するため、締約国の大多数が無期限延長に賛成であるという、議論の余地のない延長会議での承認を(もし採決すれば意見の違いが露呈したはずです)勝ち取つたのです。
無期限延長の決定は、「核拡散防止と核軍縮の原則と目標」を述べた決議文と、条約の再検討過程を強化する決定との「パッケージ」で提出されました。 NPT第6条にもとづく核兵器廃絶への着実な前進を核保有国が示していないと思っている非核保有国が、この取り引きを受け入れやすくするためです。
この原則には、1996年中にCTBT作成作業を完了させるという「行動計画」と、「核兵器の全廃を究極の目標とし、核兵器を地球規模で削減するため、系統的・漸進的に努力する」という項目も含まれていました。NPTの再検討を計画する第1回予備会議は1997年4月に開催される予定です。 CTBT作成作業を今年(1996年)中に完了させることは、唯一期限を定めて核保有国に諜せられた義務ですから、この期限に間に合わせようと96年の最終四半期になってやっと彼らが努力したことは、何ら不思議ではありません。
皮肉にも、この公約を米国の核兵器体制はうまく使い、CTBT締結のためには何をしようと(たとえ核兵器複合体全体を再建し、彼らの支持を求めることになっても)、結果的には核拡散防止に利するのだという愚かな議論を展開したのです。
しかしこれは危険な、そして短絡的な考え方だと思います。ダナパラ大使もNPT会議後、「もし核軍縮の分野で目に見える実のある進展が見られないなら、締約国のNPTへの信頼は大きく揺らぐことになる。これは人類の将来にとって非常に危険なことになるだろう」と警告しています。
■「貯蔵核兵器科学的管理計画」
CTBTに対する世界中の期待とは裏腹に、米国はすでに現在でも巨大な実験室規模の基幹設備をさらに拡大しようとしています。それによって米国の核兵器における圧倒的な優位性を21世紀にも確保することが目的です。そのためには、(地下核実験の有無にかかわらず)核兵器を維持・実験・改良・設計・生産する能力を保つことが必要です。
そこで、何十億ドルという資金を使つて、年間150発以上の核兵器生産能力を持つ核兵器設計・生産複合体を、新たな設備で展開しようとするのが、「貯蔵核兵器管理・統御」 (SS&M)という欺瞞的な名称の計画です。
核兵器の科学はコンピュータ・シミュレーション、および過去1000回以上の実験データ の蓄積、地上でのラボ実験と「核出カゼロ」の地下実験から得られる新たなデータを結合 することによって、大きく進むでしょう。
米国ではエネルギー省(DOE)が国内の核兵器設備全体を管轄していますが、DOEの定義によれば、「貯蔵管理とは、核兵器の研究・設計・開発・実験と、核兵器の安全性・信頼性の評価・確認に関する活動である」、「貯蔵統御とは、核兵器の生産・維持・改良・監視・解体に関わる業務である」、となっています。
核兵器の作動はこれまで工学ベースで理解されてきましたが、現在、科学ベースの理解に変えようとしており、その変化を表すために「貯蔵核兵器科学的管理計画」(SBSS)という用語が考案されたのです。 1993年後半、「核兵器分野における米国の知的・技術的能力の核心部分を確実に維持する管理計画」を確立することをうたった法案が、米国議会で可決されました。
1994年11月、ジェイソン・グループ(科学技術の軍事問題への応用について、国防省やDOEにアドバイスしているトップ物理学者・科学者のシンクタンク)が、DOEにSBSSに関する報告書を出しました。そこには、「本計画の基本原理は、分析能力・コンピュータ能力を改善することにより、地下実験終結の埋め合わせをすることである。それは核兵器の性能に関する科学ベースの理解を強め、その結果、核実験が禁止されても米国は自らの核兵器の性能と安全性に対する信頼を維持することができる」と書かれています。
この貯蔵核兵器管理計画の根幹をなすのが世界最大のレーザーである慣性(レーザー)核融合点火装置(NIF)で、私が住んでいる所の近く、カリフォルニア州のローレンスリバモア国立研究所に作られることになっています。ジェイソン報告書によれば、NIFは「SBSSの中でも間違いなく最も科学的価値の高いものだ…これによって核兵器の専門技術を持つすぐれた科学者グループを引きとめておくことができるだろう」ということです。
(NIF技術、つまり慣性囲込み融合とは、簡単に言えば、強力なレーザー−本質的には小さな水爆−を使つて、トリチウムとジュウトリウムの細かな粒を内部破裂させ、実際の核爆発と同様の状況をシミュレーションするものです。兵器の効果実験を行なうのにも役立ちます。長期的には、商用の融合エネルギーの開発につながるかもしれないと考えている専門家もいます)。
NIFは2002年―冷戦終結の10年後―に活動を開始することが予定されています。おそらくリバモアでも最大の軍事プロジェクトとなるでしょう。建設費にI0億ドル以上かかり、この装置の設計寿命である30年間に要する経費は45億ドル以上です。巨大な地上型「流体力学」核実験装置、つまり両軸X線撮影流体実験(DARHT)装置は、二ューメキシコ州のロス・アラモス国立研究所にすでに建設中です。 DARHTでは代替プルトニウム・ピットの三次元的X線動画像の造影によって一次系の爆発を研究します。
また、先進型流体実験装置(AHTF)と呼ばれる、DARHTと似た、もっと大規模な装置の建設を核兵器研究所が提案しています。 リバモア研究所の兵器設計者によれば、AHTFは「兵器設計者の夢、何でも設計できる装置」だそうです。パルス状出力装置が、様々な実験データを追加する装置として計画されています。
SS&M計画の一環として、DOEは「加速戦略コンピュータ構想」を打ち出しました。その最終目的は、スーパー・コンピュータの開発によって「核兵器の仮想実験と試作品製造の能力」を備えることです。最近、ローレンスリバモア国立研究所はIBMと9300万ドルの契約を締結し、核爆発をシミュレーションするスーパーコンピュータ(現在最速のもののl000倍の計算速度を持つ)を作り、1998年末には設置しようとしています。
それだけでなく、米国は(フランスがタヒチ核実験場を閉鎖すると公表したように)ネバダ核実験場の閉鎖準備をするどころか、この実験場を維持し、いつでも使える状態にしておこうとベクテル社と5年間で15億ドルの契約を締結したのです。 DOEはそこで地下1000フィートにトンネルを作つて「未臨界」(核出力「ゼ口」)実験を行なう計画です。これは核出力は低いのですが、兵器レベルのプルトニウムと強力な爆発物を使うので、核兵器の設計・製造に必要な情報を提供し得るし、DOEに地下核実験能力の演習機会を提供するものです。
未臨界核実験は、もともと今年(1996年)6月に開始する予定でしたが、CTBT交渉が最終段階に入っているので、実験目的に関する論議を最小限に抑えようとこっそり延期されたのです。 CTBT調印後ちょうど2週間めの10月8日、DOEは核実験場でのSBSSの実施を未臨界核実験も含めて拡大し、多様化するという希望を表明しました。
SS&Mには新しい核兵器装置の建設と、全米に散らばる9力所のDOEの実験場にある既存装置の改善が含まれています。既存の装置と提案されている装置を合わせると、新しいトリチウム製造装置も含めて24以上にのぼります(トリチウムは放射性の水素ガスで、核兵器の核出力を高めるために使われます。水爆をH-Bombと言う場合の“H”に当たるものです)。
1997年のDOEの議会に対する予算請求には、37億ドルのSS&M用予算が含まれています。向こう10年間のこのシステムの必要経費は400億ドルと見積られています(400億ドルという数字をわかりやすく言うと、1940年代に最初の原爆を開発するためにマンハッタン計画で費やした経費の約2倍、冷戦時代に核兵器の調査・開発・実験・製造・解体などの「兵器活動」にDOEが費やした年間平均経費より多い金額です(いずれも現在のド ルに換算した比較)。
■取り引き
1995年8月11日、クリントン大統領はNPT無期限延長に関する約束を引用し、l996年までにCTBTの核出力「ゼロ」版を締結する提案を支持すると発表しました。そして、「戦略核兵器を維持する」ことは「米国の国家安全保障戦略の一部」であり、「安全性と信頼性の高い核兵器を維持することは米国の最高の国益である」と言つています。
クリントンは、「貯蔵核兵器科学的管理計画」を、核実験を行なわずに米国の「核抑止力」を維持する手段として強く支持し、議会に対し、この計画を「向こう10年間、そしてそれ以後も」超党派的に支持するよう訴えました。
彼はまた、CTBTへの合意に対して、いくつかの条件を付けました。「実戦配備されている核兵器の安全性と信頼性に対する高い信頼を維持するために貯蔵核兵器科学的管理計画が必要であること」と、核兵器科学者を「引きつけ確保するために近代的な核実験装置と計画を維持すること」などです。また、地下核実験を再開する能力も維持すべしと指示しました。
このようなCTBTに関わる取り引きは、1963年に米・英・ソが部分的核実験禁止条約 (PTBT)を交渉した時の取り引きと似ています。 PTBTによって地上核実験は禁止されましたが地下核実験は守ったのです。当時も、現在と同様、米議会上院が条約を批准しないのではないかという懸念がありました。というのも、当時、もしソ連が条約から抜けて核実験を再開すると米国が困ることになるという考え方があったからです。そこで、軍事指導者および彼らと関係の深い上院の一部は、批准に当たって「4つのセーフガード」と呼ばれる条件を付け、米国が今後もイニシアチブを確保できるようにしなければならないと主張しました。
4つのセーフガードとは、@広範な地下核実験計画、A「“人的科学資源”を確保する ための近代的な核兵器研究所と計画」、B大気中核実験を迅速に再開する能力を維持すること、などでした。
PTBT締結直後の数年間、兵器研究所設備が強化され、核実験回数も増えました。それから33年たった今、米国の核兵器は1963年当時に較べ、その洗練度ははるかに高度化されています。今日ではすでに旧ソ連が経済的にも地勢的にも解体してしまったにもかかわらず、冷戦の最中と本質的には同じ議論を研究所と軍事関係者は展開しています。
クリントン大統領は1963年当時の「セーフガード」を「A〜F」の6つの「セーフガード」に拡大し、改訂しました。
セーフガード「F」は、来国のCTBTからの撤退の可能性を残すものです。 DOEの声明は、核兵器は「新たな軍事的要請」に備えてハイテク化される、もしある核兵器が「初期の設計寿命に達しだ」場合には、個々の核兵器を交換するより「システム全体」を交換した方が「費用効果が高い」と言っています。こういう見解と考え合わせるとセーフガード「F」は危険です。
サンディア国立研究所によると、「この新しい核兵器調達戦略では、軍事システムにおける米国の技術的優位を維持するため、常に先進的兵器システムを開発しなければならない。 しかし、これまでとは違い、これからの新兵器システムはただちに大量生産されるのではなく、世界の危機的状況に即応して生産する能力を維持することになるだろう」ということです。
このことは、私ども西部諸州法律基金が、今年(1996年)初め、ワールド・ワイド・ウエブで入手したDOEの核兵器計画書からもわかります。以下はそこからの抜粋です。
「様々なコンセプトを検討している…既存兵器の構成部分に比較的小さな変更を加えるものから、新兵器の斬新な物理設計や、弾頭のサブシステムに大きな変更を加えるようなものまで…湾岸戦争以来の経験から今までにないタイプの核兵器を使う可能性が出てきたために始まった様々なコンセプト設計研究などがその具体例である」
4月、リビアの地下化学兵器工場を口実に米国が核兵器を使うことを検討しているという記事が『ニューヨーク・タイムズ』に載りました。 これは、米国は1997年完成予定の地下貫通型「新」兵器を開発中という情報を裏づけるものです。その後の国防省のブリーフィングによりますと、米国は配備ずみのB61核弾頭の地下貫通力を増すよう改良を加えています。 これは「新」兵器なのでしょうか。DOEは古い兵器に「改良」を加えただけだと言っています。 しかし、新たな軍事目的を持っているのは明らかです。もちろん米国当局者は、新型核兵器は開発していないと主張していますが、1997年のDOEの議会に対する予算請求では核兵器の5項目の改良があげられています。
本格的な実験を行なわなければ米国が核兵器を新たに実戦配備することはない、とよく説明されます。これが事実だとしても、先ほどの「セーフガードF」がある限り抜け穴はあります。現在の政治状況を考えると米国が核実験を行なうことはできないかもしれませんが、別のシナリオも考えられます。つまりこれから5年、10年、あるいは20年後に、研究所の科学者たちが最新の設計をぜひ「検証実験」したいと考え、その「安全性」「信頼性」「抑止力」を実験によって証明することが「必要」だと、(さらに悪いケースでは戦争に乗じて)大統領顧問を説得することができるかもしれません。
1963年のセーフガードは、地下核実験によって米国が核兵器能力を維持・拡大する余地 を残したために、核拡散防止の機会を逸してしまいました。核軍拡競争を終結させえなか ったPTBTの大失敗を、今回は地下核実験の代用である実験室規模の基盤設備が繰り返 す危険があります。今回と同様、兵器研究所を拡大する余地を残したために、PTBTは軍備―兵器研究所−の拡大競争に拍車をかけてしまったのですから。
■核兵器研究所の役割
1942年、マンハッタン計画がニューメキシコのある秘密の場所で開始されました。そこは後に口スアラモス国立研究所になりました。その後2年半の間に米国は世界最初の原爆を開発し、広島・長崎に落としました。
広島の原爆はウラン型で、一回も実験せずに14万人の命を奪う「効果を発揮」しました。 3日後に長崎に落とされたプルトニウム型原爆も約7万人を焼き払う効果を発揮しました。これはニューメキシコのアラマゴドで、1945年7月l6日にたった一回テストされただけでした(米・英・ソが設計した世界最初の水爆も、最初の実験段階で予想通りの成果を得て成功しました)。
「三位一体」という暗号名で呼ばれたこの最初の実験に先立ち、設計の中心になった科学者たちの中には、実験が大気爆発を引き起こすのではないかと懸念する者もいました。
「三位一体」の指導者だったケネス・ベーンブリッジは、同僚のエンリコ・フェルミが、 「この爆弾によって大気が燃え上がるかどうか、もし燃え上がるとすると破壊されるのはニューメキシコだけか、あるいは全世界か、賭けないかと、突然、他の科学者たちにもちかけた」と、後に書いています。
つまり、彼ら初期の核兵器研究者たちは文字通り地球の運命を握っていたわけです。そんな巨大なりスクにもかかわらず、彼らはさらに実験を続けました。 ロバート・オッペンハイマーは、この爆発を見た後、「もはや世界はこれまでとは違つたものになる」と書き記し、ヒンズー教の経典から引用して、「いまや私が死そのものになった。私が世界を破壊しているのだ」と警告しました。
ジエイソン・グループは、新世代のラボ実験装置について、1994年の報告書で次のように設計上の可能性を示唆しています。「世界最初のプルトニウム分裂型爆弾の三位一体実験に始まる初期の爆弾は、現在の最も簡単なラツプトツプ型コンピュータよりはるかに低い計算能力で設計され、成功した」。 マンハッタン計画に関わった著名な科学者の中には、第二次世界大戦後、新しく開発されたこの核兵器と核技術を国際的管理の下におかなければ、地球規模の未曾有の危険を伴う軍拡競争は避けられない、と考える者がいました。ロスアラモス研究所の初代所長オツペンハイマーは、この職から退いた後、1946年に国連へ核兵器管理計画を提案しました。にもかかわらず、ロスアラモスは核兵器の大量生産システム開発センターとなりました。1958年まで、来国の核兵器はすべてロスアラモス研究所で設計されました。
1952年、ローレンスリバモア国立研究所が、カリフォルニア州サンフランシスコの近くに設立されました。ロスアラモスと「競争」して熱核爆弾を開発・実験するためです。この研究所はその後、MXミサイルや地上発射型巡航ミサイルを開発し、「スター・ウォーズ」構想の発祥の地ともなりました。
1949年にはサンディア国立研究所が二ューメキシコに設立され、それまでロスアラモスが行なっていた工学系の研究(核爆発の設計にもとづき信頼性の高い、使える兵器をつくる研究)を引き継ぎました。 1956年に、サンディア国立研究所はカリフォルニアに支所を設立しました。これはリバモア研究所に対して同様のサービスを行なうためでした。この研究所はその後、MIRV(個別照準多弾道型再突入ミサイル)の技術を開発しました。
核軍拡競争は、米・旧ソ間の競争であると 同時に、多くの点でリバモアとロスアラモスの間の競争でもありました。こうした研究所が核兵器の拡散に果たした歴史的役割を見過ごすことはできません。設立当初から米国の兵器研究所はより近代的な核兵器システムの開発を競い合い、様々な新しいアイデアを大統領・議会・国防省に「売り込み」、核実験禁止に強く反対してきました。マンハッタン計画の間に始まった米国の物理学者と軍関係者の首脳部どうしの協力関係を強化する目的で、1950年代後半には先に述べた「シンクタンク」のジェイソンが設立されました。
研究所が核実験禁止に反対してきた歴史は1950年代後半にまでさかのぼります。当時、研究所の代表たちがアイゼンハワー大統領に働きかけ、核実験停止を思いとどまらせてしまいました。ケネディ時代の1961年の核実験一時停止令が解除されると見込んで、リバモア研究所は認可量以上のプルトニウムを周到に貯蔵しました。当時研究所長だったジョン・フォスターは「実験停止は無期限に続かない、というのが研究所の見解であった。だから私たちは禁止が解除された際に備える方を選び、研究所のスタッフを増やし、認可量以上の核物質を貯えた。この一連の動きはワシントンとは少々意見を異にして行なわれた。…これはワシントンの意見とはやや違うことを実行できた比較的独立した研究所の真価を示す一つの例だと思う」と語っています。
カ一夕一政権時代に、当時ロスアラモス研究所長のハロルド・アグニューとリバモア研究所長のロジャー・バエツェルは、カーター大統領と個人的に話してCTBTを思いとどまるよう説得したと誇らしげに語っていました。 1992年9月、リバモアの副所長代理ロバート・バーカーは「本研究所の重要な仕事の一つは、政府にこの法律(核実験一時停止令)が間違いだったと認識させるようにすることである」と研究所職員に説いています。
現在、CTBTの署名が乾くか乾かないかのうちに、これらの研究所は、ハイテクのラボ実験装置と超高速コンピュータを用いて核兵器の研究・開発を継続するために、全面的な数年間にわたるロビー活動を行なっています。 1993年、ロスアラモス研究所で、核兵器技術担当副所長ジョン・インメルは、ラボ実験の目的は「核弾頭開発、核実験計画に関して、我々が達成し得た諸能力を常に完全に統合することである」と説明しました。
1994年3月、リバモア研究所長ジョン・ヌコルは、兵器研究所の「防衛計画」に対する予算の大幅増を求めて議会で広範囲にわたる証言をしました。激しい言葉で、核兵器研究・開発・実験のための「より進んだコンピュータ、および実験装置」に予算をまわさないなら、「近代文明社会の構成要素」は核拡散と核テロリズムによる「はかり知れない壊滅的な脅威」にさらされることになると警告しました。
今春、サンディア国立研究所長ボール・ロピンソンは議会に次のように訴えました。
「各構成部分とサブシステムの新しい設計が常に必要となる。それには、これまで新兵器の設計に要してきた独創力の核心部分を全て駆使する必要があるし、最新の技術革新力も必要となる」「この作業に携わるエンジニアや科学者たちは今年幼稚園に入るようなものだ。…彼らは実用性の高いシステム全体を設計しなければならず、その結果、自分たちの能力を完全に発達させることになる。・‥核兵器の重要性はこれからも長い間変わらないというのが私の確信である」。
科学の権威を用いて新兵器技術を正当化するという、核兵器界の長年の慣習をお話しすると、数多くの事例が思い浮かびます。今年(1996年)5月、核兵器機関で最も権威ある 3人の物理学者(ハンス・ペース、ハーバート・ヨーク、ヘンリー・ケンダル)から議会の主要議員に送られた手紙ほど見えすいたものはありません。その手紙は、あらん限り強 い言葉でDOEのSBSS計画を議会が支援するよう訴えています。その手紙は、SBS S計画に関する一連の徹底的で実態のないひどい誤解を招く声明と、以下の内容で関連しています。
@「管理の科学的基盤は〔SS&M計画に〕必要な健全な技術的基盤を提供する」
A「〔SS&M計画の〕実施はCTBTの実現を支える」
B〔SS&M計画〕全体に対して強い持続的な支持がなければならない。それによって米国や他の核保有国が残存核兵器の保全・安全性・信頼性を損なわずに真のCTBTに着手することができる」
C「CTBTの実現は核軍拡競争に真の終わりを告げ、先日期限が延長された〔NPT〕のもとで核保有国が自らの義務を果たしていることを示すこととなる」
同時に、「これらの新しい要素−進んだコンピュータ能力と新しい実験装置−は兵器科学の核心をなす能力を減ずるものではなく、それらを強め持続させる」とも述べられており、彼らは完全に自己矛盾しています。
二つの方向が両立するはずはありません。 まず第一に、CTBTを達成するためにSS&M計画が必要であるという主張は、CTBTの批准に関して、将来、米国上院がどのように投票を行なうかという政治的な予測に基づいた主張にすぎず、科学や技術とは何の関係もありません(しかし、この予言は実現するかもしれません。兵器研究所からの強力なロビー活動を受けて、SS&MはCTBTの批准に必要な前提条件であると多くの上院議員が信じるようになってしまったのですから!)。
実際には、SS&M計画案は昨今のCTBT交渉で大問題を起こしました。なぜなら、 これによって核兵器保有国が既存の核兵器を無期限に保持しつつ、質的な面での核軍拡競 争を続けることができるようになるということに他の国が気づいたからです。
CTBT交渉で、イランとインドネシアは、この条約で核兵器の保持・開発に関連するすべての実験(コンピュータ・シミュレーションを含む)を禁止することを提案しました。インドは、NIFやフランスのメガジュール系レーザーに使われる慣性閉込め融合技術の禁止に有効な文言を提案しました。しかも、インドがCTBTにかたくなに反対したのは核兵器保有国にSS&M型の計画があるために、この条約はNPTに見られる国際的なタブル・スタンダードを永続させ、軍縮を意味のある形で訴えられないという事実に基づいています。
第二に、ラボ実験など核兵器にひきつづき依存する徴候が見られることは、昨年(1995年)のNPT再検討・延長会議で大論争になりました。
核保有国がNPT第6条にしたがって核軍拡競争終結・核軍縮の交渉をする義務を果たすよう、非核保有国が期待するのは当然です。そのNPT発効後25年たったのに、米国など核保有宣言国が地下核実験の代替として新世代の実験装置に何十億ドルも投入し、今でも巨大なラボ実験基盤施設をさらに拡張しようと計画しているのを、非核保有国が懸念するのは当然ではないでしょうか? これは「核兵器よ永遠なれ」という姿勢以外の何を示しているのでしょうか? もし核保有国が「私たちがしているようにではなく、私たちが言うようにしなさい」と主張し続けるなら、NPTの延長決定が期待するような核拡散防止の枠組みが永遠に続くのでしょうか?
このNPT会議で、インドネシア代表は、ラボ実験は「第6条の精神に対する著しい違反である。私たちはこの遺憾な進展を非常に憂慮する」「なぜなら、これは核保有国間の新たな核軍拡競争を引き起こし得るからである」と明言しました。
この見解は、先日、核兵器削減に関するキャンベラ委員会によっても強調されました。 この委員会は核兵器のない世界へ向けた現実的なステップを提言するためにオーストラリア政府によって組織された、権威ある国際的専門家グループです。 この8月に出された報告書で、この委員会は、「いかなる国家による核兵器の保有も、常に他の国が核兵器を保有しようという刺激になる」と結んでいます。
第三に、CTBTのもとで既存の核兵器を管理するために「必要な」技術的基礎をSBSSが提供するという主張に対して、1978年にベース、リチャード・ガーウイン、カルソン・マーク、ノリス・ブラッドバリーなど高名な核物理学者グループが、米国の軍備の信頼性を失うことなくCTBTに調印できるとした書簡をカーター大統領に送つています。ただし、当時、SBSSはまだ提案されていませんでしたし、1978年の米国の核兵器予算はl997年予算の半分でした。 30年以上も前に、当時のロスアラモス研究所長ノリス・ブラッドバリーは次のように言いました。
「1955年の地平線には、10年前の熱核兵器への挑戦に比肩する未踏の峰は見えない。ごく率直に言えば、兵器研究所が現在行なっていることやこれから行なおうとしていることは、ある場合には何年も前からある基本構想の修正・変形・延長にすぎない」
■安全性と信頼性
SS&M計画の公式の目的は「次世代になつても十分に」米国の核兵器の「安全性と信頼性」を維持することです。 DOEと兵器研究所はほとんどいつもこの安全性と信頼性という言葉をいっしょに使つていますが、それらは別個の、独立した意味を持っています。
核兵器が事故で爆発したり、許されていない使われ方をしたり、核分裂物質が事故で拡散したりすることがないよう努力することには、おそらく誰もが同意するでしょう。 しかし、情報公開法によってDOEから得られた 歴史的な公式データを独立したNGOであるエネルギー・環境研究所(IEER)が解析した最近の研究で、劣化は核弾頭の核物質の安全性に影響を与えていないことがわかりました。しかも技術進歩はこの問題に対する一つのアプローチにすぎません。
最も「安全性」を高める手段は、核兵器が配備される状況を減らすことです。ロシアのアルザマス16核研究所の核兵器設計の第一人者、ユーリ・トルツネワの言葉に「最も安全な核兵器は存在しない核兵器である」というのがあります。
信頼性はもっとつかみどころのない問題です。IEERは、信頼性」に欠陥があっても核弾頭の信頼性には必ずしも著しい影響がないし、これまで信頼性問題の大部分は改善を必要としないか、製造上の変更によって解決されたこと(それらの多くは非核兵器ですが)を明らかにしています。 しかし、核兵器の使用目的を知らずに核兵器の信頼性を論じることは意味がありませんし、核弾頭の出力が予想可能かどうかは核兵器使用政策しだいです。
実は、「信頼性」とは、兵器性能の信頼性,特に予定の核出力で爆発することをさし、 「安全性」もまたある意味では単に性能、すなわち予定の核出力と安全性が両立することをさします。本当に抑止が目的なら、つまり先制攻撃されたらやり返すという威嚇で先制攻撃を思いとどまらせることが目的なら、核兵器の正確な性能に対する自信は必要ないのです。地球上のどの国も、米国の核兵器がいつか必ず自国の領土に投下され爆発し大被害を与えると思つています。「信頼性」について語る時、二つの重大な疑問−「どのくらい」「なぜ」信頼性があるのか?―への回答がないままなのです。
IEER報告書を書いたヒシャム・ゼリフィとアルジュン・マクヒジャニは、SS&M計画で想定されているように再設計によって信頼性問題を「解決」すると、「結果として安全性に対する懸念を生むかもしれない」と主張しています。彼らは「安全性と信頼性の確認とは、核兵器研究所が新核弾頭の設計能力をつける大計画を隠す煙幕みたいなものだろう」と結諭づけています。
「当面」は核兵器の「安全性と信頼性」を維持するという目標は、NPTに成文化されている核廃絶の約束と明らかに対立するのです。 しかし、米・仏・ロの大統領は、この目標こそが自国にとって至高の国益であると明言しています。核兵器の「究極的」廃絶を支持しながら、21世紀にマンハッタン計画を再現するため何十億ドルも投資することは根本的に矛盾しているのです。
■核兵器よ永遠なれ?
1995年1月の第4回NPT準備会議で、メキシコ大使ミゲル・マリン・ボッシュは次のように警告しました。
「…なるほど冷戦は終わったかもしれないし、たしかに米・ロの戦略的核開発競争は下火になりそうだ。にもかかわらず、核保有国とその核兵器との関係は期待したような根本的変化をとげていない。彼らは核兵器への依存を続けており、近い将来に核を廃絶する姿勢はない。それどころか、核保有国・非保有国間のNPTの分裂を固定しようともくろんでいる。これは、NPTや核拡散防止全体にとつてよい兆しではない」
クリントン政権が1994年9月に完成した核状況概観(NPR)には、SS&M計画の根底にある前提条件が述べられています。 これは本質的には、核兵器の「先制不使用」誓約の拒否など、何十年来の米国の政策を再確認したものです。軍縮(あるいは軍拡)の可能性にはふれていますが、STARTIIの水準を前提にしています。ラボ実験への期待は明白で、DOEが「地下核実験なしで」「既存核兵器を改造・検定する能力を示し」「新型核弾頭を設計・組立・検定する能力を維持する」よう、あからさまに求めています。
核廃絶に向けて決定的なステップをとるより、ラボ実験によって核兵器を維持するというのですから、核保有国は核保有国・非保有国間のNPTの分裂を固定しようとしているというボッシュ大使の主張を裏書きしています。カナダの元軍縮担当大使ダグラス・ローシは、NPT会議では多くの有力な国が核保有国を次のように糾弾したと書いています。
「核保有国は21世紀の世界を2つの階級に分けようとしている。核兵器を持つ国が核兵器を支配力の通貨として維持しながら、他国の核保有を禁止しているのである」
核保有5力国の間でラボ実験に関する協力が進むにつれて、こうした懸念も深まってくるでしょう。
たとえばフランス国防担当省は、l981年以来、リバモア研究所と共同でレーザー溶融計画を進めてきましたが、現在、NIFと同規模のメガジュール系レーザー装置を同研究所と共同でボルドーに建設しようとしています。エデュアルド・バラデュール仏首相によれば、この巨大なレーザー装置によって、「フランスの核兵器設計能力が向上する」予定です。
しかし、核兵器の研究・開発には協力と競争の境界が不明確なところがあります。 1993年、仏軍当局は下院証言で、核実験一時停止によってフランスの核技術が「停滞した」として、核実験の増加を要求しましたが、その理由に「米国は核実験を重ねて最高の[核実験]シミュレーション技術に精通している」ことを引き合いに出しました。「フランスと違い、米国の将来は非常に明るい」、それは 「米国は議論の余地なく技術的優位性を保ち、核兵器分野で“支配的地位”を占めている」からだ、と彼らは警告しました。昨年(1995年)の南太平洋における核実験再開の道を開いたのはこの論理です。米国はこれに対し公式には「遺憾」声明を出しましたが、結局、この核実験から得られたデータが米・英の兵器科学者にも渡っていたことが報道されました。 今年(1996年)4月にロスアラモス国立研究所は、米・ロ・仏・英の著名な核兵器設計者、政府・軍関係者、産業界の指導者たちが出席する国際会議を開催しました。「核兵器基盤施設間の戦略的関係」に関する演題が発表されたワークショップもあり、その中でロスアラモス研究所は核保有5力国のSS&M計画を比較し、「共同管理」協定を拡張する計画を発表しました。一般およびマスコミ関係者は参加を拒否されました。
新たなラボ実験技術によって、核先進国が核兵器を質的に改良できるようになると同時に、非核保有国への核拡散をも進めかねなくなりました。元ロスアラモス研究所核兵器設計者のテオドール・テーラー博士は、NIFなどのICF計画を特に懸念しています。彼によれば、進んだICF計画を開発することができる国なら、そこから情報やノウハウを得て、じゅうぶん熱核爆弾を開発できます。彼は、「有効なICFシステムを設計できる人なら水爆を設計できる」と語つています。
ドイツ、インド、イスラエル、日本など、核能力を持つ国はすでに先進型のICF装置を持つています。たとえば、大阪大学レーザー工学研究所は、三重水素と重水素のペレットを燃焼させる月光XUグラスレーザーという100キロジュールの研究装置を使って、エネルギーを増大させようとしています。 日本はきわめて多量のプルトニウムも蓄積しているので、その意思さえあればいつでも核爆弾の開発に着手できるのは事実です。
テーラー博士は、NIFのような装置を使えば、兵器の威力に関する重要なデータを得ることができるとも言つています。つまり、大気に与える衝撃や、宇宙戦争・弾道ミサイル防衛と関わる地球の磁場に与える衝撃についてのデータです。こうしたデータは、地上実験が停止されて以来、基本的には入手不能でした。彼は「そうなると、30年以上も続いてきた部分的核実験禁止条約による軍備管理効果は掘り崩されるかもしれない」と警告し、これ以上のICF技術開発を世界的に禁止するよう提唱しています。
スイス人の物理学者アンドレ・ゲスボン博士も、ラボ実験やシミュレーションは「CTBTの目的とのニ重の矛盾」を生むと懸念して、こう言つています。
「熱核爆発の物理学的理解が進むほど、第一に熱核爆弾の解体をねらい通りに進めにくくなり、第二に新型核兵器の開発を促進してしまう」「核兵器の研究・開発を50年以上も続けてきたあげく、現世代の核兵器が現実的に意味ある進歩をすることは全然期待されていない。おそらくこれが、[CTBT]が軍事的に受け入れられた主な理由なのだろう」 続いて彼は、ICFなどの実験シミュレーション計画を使つて新世代の核兵器開発が追求される可能性を描いた後、次のように結んでいます。
「…(CTBTは、総合的かつ完全な核軍縮へ向けた最初の一歩として、核兵器技術を陳腐化するものであるが)その主目的を達成するためには、効果的な予防的軍備管理方法、たとえば、軍事用であれ民生用であれ全分野における研究・開発を禁止する国際的拘束力のある条項のようなものを、条約中に規定しなければならない」
SBSSの一環として開発される技術は、新種の兵器(純核融合兵器や指向性エネルギー兵器など)の開発への「原動力」になりかねないという、テーラー博士やゲスボン博士の懸念には十分な根拠があります。
ここでマンハッタン計画のメンバーだった 二人(この二人は核軍縮問題について必ずしも同じ考えを持っていたわけではありません)の発言について考えてみましょう。
ロスアラモスを離れて核軍縮を訴えたロバート・オッペンハイマーはこう言いました。
「科学の奥にあるものは、有益であるがゆえに発見されるのではなく、発見が可能であったがゆえに発見される。これは深遠かつ不可欠な真理である」
水爆の「父」であり、今日の核兵器の勝者である工ドワード・テーラーも、オッペンハイマーと似たこんな言葉を残しています。
「知ることが可能なことは、知らなければならない」(知らなければならないですって?知るべきですって? 誰がそれを決めるべきなのでしょうか? そして誰がその代価を払うべきなのでしようか?)。
■結論
国際法の諸問題に関する世界最高の組織である国際司法裁判所(ICJ)は、1996年7月8日、核兵器の脅威または使用の合法性に関する歴史的な勧告意見を出しました。NPT第6条の権威ある解釈として、「厳格で効果的な国際管理のもとに、全ての面で核軍縮へ至るような交渉を、誠実に追求し、完結させる義務がある」と、満場一致で評決を下したのです。ラボ実験は明らかにこの義務に反します。
しかし、米国の兵器体制の中には、自分たちは法を超越しているという考えを持ち続けている人もいます。国際司法裁判所の勧告に対して、ローレンス・リバモア国立研究所の安全保障・技術研究センターの主席研究員キャスリン・ベーリー次のように書いています。
「法律で人間行動を規制しようと試みることはしばしば有効であるが、それがかなわない宿命の領域もある。だから、米国の安全保障の責任者たちは、政権担当政府の政治的見解にかかわりなく、核兵器の保有と使用可能性の言明(これは抑止とも言われる)が米国の最高の国益であると繰り返し規定しできたのだ。国際法、あるいは国際司法裁判所の勧告がそれを変更することはまずない」
かつて世界は、あらゆる秘密主義、緊張、異なる意見への不信感とともに、不吉な戦時状態の核時代へ突入しました。大量破壊兵器が考案・製造され、使用方法が研究され、使用目的が確定される研究所や機関では、残念なことにこのような姿勢がいぜん優勢なのです。 ICFなどのラボ実験技術の開発は大量破壊兵器の開発の可能性と深く絡み合っています。長期的な技術的選択肢として、これらの技術の開発・配備に要する何百億ドルもの資金を、軍事的・社会的・環境的リスクがずつと低く、ずっと大きな社会的恩恵をもたらす他の計画へ投じることもきっと可能です。
実は、真の世界的核拡散防止政策は、よりクリ−ンで再生可能な非核エネルギー源へ大量の資金を投入する動機づけとなるのです。そのようなエネルギー源は大量破壊兵器製造に用いられる物質を自動的に産出することはないし、開発途上国にとって原子力発電に替わるものとして魅力的であるばかりでなく、先進工業国にとっても将来のエネルギ−需要に応えるものとなります。
こうした根本的な技術選択に関する討論は公開され、大衆的なものでなければなりません。すぐに開始されなければならず、かつ最終結論が事前に取り決められているようなものであつてはなりません。
CTBTは、環境の尺度として、NPTに対する核保有国の公約の象徴として、核拡散に対する二次的な防壁として、重要だと思います。 CTBTをほぼすべての国が批准したので、今や世界的に核爆発実験が禁止されたことになります。ということは、どんな状況においても、核兵器はニ度と使つてはならないという認識が表明されているのです。
しかし、CTBTを自己目的化したり、締結されたら終わり、ということにしてはいけません。むしろ、核兵器の終わりの始まりであるべきです。核時代突入後51年、今こそマンハッタン計画を終わらせる時です。核兵器の研究・開発への公共投資はもうやめなければいけません。「貯蔵核兵器管理」も、既存の核兵器が無力化・解体を待つ間、安全な状態に保つという受動的な意味に定義しなおすべきです。それこそが核兵器廃絶というNPTの義務に見合うことになります。
そのため、NPT第6条にのっとって、国際司法裁判所の最近の勧告が述べたように、世界中のすべての市民が自国の政府に「全ての面で核軍縮へ至るような交渉を、誠意を持って追求し、完結させる」よう働きかけています。この中には、核兵器に使えるあらゆる核分裂物質を管理し、実験室規模の核兵器の研究・開発・実験をやめ、周辺住民と協議のうえで全核実験場を閉鎖することなどが含まれます。政府間の交渉は、この義務を果たすために必要ならどんな場でも、強い決意と柔軟性を持って、二国間・多国間・全世界で進められなければなりません。
その一例としでABOLITION 2000” があります。これは全大陸の約700のNGOが参加するダイナミックな新しい国際的ネットワークで、今すぐ交渉を開始して2000年までに、期限を付けて核兵器の全廃を規定する核兵器廃絶条約を締結するよう、各国政府に働きかけています。そして、私も含めて世界の一般市民とNGOが、核兵器廃絶の過程の交渉・立案・監視に参加しなければなりません。
キャンベラ委員会は、核戦争の脅威を顕著に減らし、すべての国の安全保障を高めるための、現実的な緊急行動計画を提唱しています。そのうち最も重要なものは、ただちに核戦力の警戒体制を解除し、核弾頭を運搬システムから遅滞なく取り外さなければならないという提言だと思います。キャンベラ委員会はこの訴えの中で、核兵器の数だけではなく核兵器の存在そのものが問題なのだという正しい認識を示しています。
元米戦略空軍最高司令官リー・バトラー将軍は、米国の戦略核戦力の全部と戦術兵器の 多くを監督する任にあった人物ですが、「核兵器の脅威がない世界とは、核兵器が存在しない世界にほかならない」と認めています。彼が今月上旬に行なった講演は注目すべき内容で、冷戦後開かれた「チャンスの窓」は閉じられかけているのかもしれないと警告し、次のように言つています。
「我々は選択肢を失いつつある。時代遅れのお決まりのやり方が、冷戦時代の習慣と思考を続けさせているために。核によるホロコ−ストをなんとか避け、我々が危うく逃れてきたあの暗黒の世界へ、新世代の核の役者と役者志望どもが再びうごめいているために」 しかし、彼は希望の光も見つめています。
「核の縁を歩いてきた40年間を繰り返すことが我々の運命と決まったわけではない。‥これまで払つた代価はあまりにも高くついた。リスクはあまりにも大きくなつている。核の怪物を鎖に繋ぎ、根絶し、その巣窟を打ち壊してしまわなければならない。身のすくむほど困難な仕事だが、ひるんではならない。チャンスは二度と来ないかもしれないのだから」
フランスの核実験再開に対し世界中で非難の声が巻き起こったこと、ジョセフ・ロートブラットの1995年ノーベル平和賞受賞、国際司法裁判所の勧告、キャンベラ委員会の報告書、(8月の軍縮会議に提出された)核兵器廃絶のためのG21計画、NGO間で従来にない連携・協力が世界中で進んでいること、そして今回のCTBT調印を見ても、核兵器廃絶・非合法化に向かう世界の勢いが増していることがわかります。
我々はこうした新しい動きを生かし、これまで以上の決意を持って、たゆまず進まなければならないと思います。今こそ核廃絶の時が来たのです!

論説見出しへ