原爆写真展


 [1945年8月9日11時2分]:長崎。

2 [死の街]:1945年8月7日昼ごろ、広島。本通り2丁目から西に向かい、原爆ドームをのぞむ。まだ煙が立ちのぼり、 熱かった。人ひとりいない。爆心から東より400m。撮影=岸田貢宜

3 [焼死した少年]:1945年8月10日、長崎。爆心から南へ700m岩川町付近。撮影=山端庸介

4 [手当を待つ母子]:順番を待つ間、母は放心状態ながら、子どもに乳房を含ませていた。 爆心から北3.6kmの道ノ尾駅前。8月10日午後2時頃、長崎。
撮影=山端庸介

5 [熱傷の治療]:熱線によるやけどはなかなか癒えない。1945年10月、日赤広島病院。この女性は1973(昭和48)年夏、3人 の子の母として健在であることが分かった。撮影=菊地俊吉

6 [よみがえる惨禍]:被爆から7年後、安芸郡坂町では、町の5カ所から土に埋められたり、 野ざらしにされたりした252体の遺骨が掘り出された。1952年7月30日、広島。


これらの写真は日本原水爆禁止協議会のご好意により掲載を許されたものです。展示用の写 真パネルは原水協から入手が可能です。
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