[通信コーナー(投書欄)] [論説] [討論会] [目次へ]
初めまして。平和運動という項目での検索途上で貴会を知りました。 私は仕事の都合で以前、広島に住んだことがありました。広島への転勤が決まったとき、平和について勉強できるとうれしく思ったものです。
小学4年の時、担任の先生が広島へ旅行、広島の当時の写真を見せてくれたのです。それは私にとって初めて見る光景で、「怪獣映画の1シーン」のようでした。それ以来、いつか広島に行って、平和について勉強したいと思うようになったのです。
実際の広島は、私の想像を遙かに超えていました。全身に電気が走ったのを覚えています。 被爆された方と知り合いになったり(その方は、そのようなことを微塵も感じさせない方でした。自身が被爆したことより、周囲の人の幸せを願える人でした)
逆に「平和運動は小さい頃からしているので今更する必要はない」などという人(広島在住の人)に出会ったりと、考えさせられることが多かったです。 今、香川に住み、そういう機会もめっきり減りましたが、今、インターネットを通して、いろんな情報を組み入れ、自分も意見を述べていこうと張り切っています。
何ができるかなどわかりませんが、しっかり勉強していきたいと思っています。
坂本聖一 香川県
突然ですが、戦争法案が緊急事態ですね。 そこで何かお役に立ちたいとホームページを開設しました。 4・27集会に参加した折の写真集を掲載しました。
ご覧ください。 また写真は、ビラなどに使用したい場合はご自由にご利用ください。
ホームページURL: http://www.bekkoame.or.jp/~58taka/
「戦争法案反対4・27集会」URL: http://www.bekkoame.or.jp/~58taka/427b/600img/intro.html
それでは!! 高木信幸
昨年11月、ボストンでの学会に出席したので、lPPNW事務局に行き、MPlとの関係を聞いた。 lPPNW事務局は昨年十月末にケンブリッジ(ボストン市の北、チャールズ川を渡った市街でMIT:マサチューセッツ工科大学がある)から、ボストン市内に移転した。事務局のあるマサチューセッツ街は、前のケンブリッジ・ロジャー通りより立派な通りにある。 このIPPNW事務局にMPlの事務局がある。引越したばかりで、整理中の事務所で、MPlのコーディネーター、スーザン・ピアースさんとIPPNWのプログラム・アソシエイトのブライアン・ローソンさんが待っていてくれ、懇談した。ピアースさんは、気さくなオバさんという感じであり、ローソンさんは明るい好青年で、共に仕事を楽しんでいる人々であった。現在の焦点である国連におけるMPlのロビー活動やNACの動きに関心があるようで日本における「核兵器ゼロヘの近道」がどれだけ関心をもたれるか期待していた。特に印象に残ったことは、アメリカでもマスメディアはMPlの活動についてほとんど報道していないこと、唯一報道したのは、ヘラルド・トリビューン紙だけだったということであった。同紙は、もともとアメリカの新聞だがもう30年も前にパリに移り、そこで発行している国際的新聞で、日本、アジア、欧米でもホテルや空港には必ず置いてあるが、他紙に比較してだいぶ高価だから、読むのは外国人旅行者くらいなもので、アメリカ人の大多数は読まないのではないだろうか。 (鈴木光雄、群馬反核医師の会)
「菊と刀」という本をご存知かと思います。 私の場合,中学の国語の教科書か何かにその一部が出て来まして, 教材として読んだ記憶があります。 戦前の日本人を理解する為にアメリカ人が書いた文化論でしょうか。
日本刀そのものについて書かれた物ではありませんが, 西洋人にとって不気味な部分の解説書ではなかったろうかと思います。
上野の国立博物館の一階の奥に刀剣展示室があります。 余り明るくない,立止って見ている人の少ないコーナーです。 表の仏像を見たり,二階の横山大観の絵を見たりしていた目からは, 「刀か」で通り過ぎてしまうのですが,顔をガラスすれすれ迄近づけて 覗き込むようにしますと又違った世界が見えてきます。
上からの照明光は刃紋を浮き上らせ地肌の変化を見せてくれます。 刀の置き方には上反りと下反りとありますが, 武器として体に装着する形態を示しています。 又,刀芯に刻まれた銘が見えるようにして置かれています。
「太刀」と呼ばれる物は刃を下にして置かれます。 平安・鎌倉時代の騎馬戦に使用され,馬上から片手で振回すことを 目的とした細く長く軽快な姿です。 「刀」あるいは「打刀」と呼ばれる物は刃を上にして置かれます。 戦国時代の歩兵戦に使用され,両手で構えて突くことをも考慮された 身幅が広く反りの浅い頑丈な造りです。 全体のバランスが鑑賞の決め手でもあります。
平安・鎌倉時代の刃紋は「すっ!」と横一文字に引かれていますが, それ以降の時代の物はその変化を楽しむが如くに大胆に乱れています。 刃紋は焼入れ処理を行う時に刀身の表面に塗る焼割れ防止用粘土の 厚さの違いから発生しますが,焼入れ時の冷却速度を調整しているのでしょう。 刀を研ぎ上げると,地金素材の重なり合せの跡が微妙に浮出て来ます。 素材に含まれる不純物の具合で金色の筋目が出ることもあります。 大量の鉄を処理する設備や技術のない時代に,松炭で赤めた玉鋼を 繰り返し折り曲げて大槌で鍛接しながら組織を均一化していったのでしょう。 木材の年輪の様に硬軟重なり合う効果もあるでしょうし,ベニヤ板の様に 異なる方向の繊維を重ね合せる効果もあるのでしょう。 これ等に対する「うんちく」が鑑賞の一部でもある様です。
博物館に並ぶ様な刀にはそれぞれに由緒があります。 その多くは武家の「宝物」として伝世して来たからでしょう。 「童子切安綱」と呼ばれる太刀がありますが,大江山で酒呑童子を 切ったのだそうです。 「三日月宗近」と呼ばれる太刀がありますが,刃紋近くに三日月状の 模様があり,刀匠(三条宗近)の小槌の打ち過ぎによる「打ち退け」と いわれています。 どちらも平安時代の古刀で,息を飲む様な美しさがあります。 (その姿を見てしばらく動けなかった経験がありますが) 又,「へし切り長谷部」と呼ばれる刀がありますが,織田信長が無礼の 茶坊主を隠れ込んだ棚板の上からへし切ったといわれる豪壮な姿です。
刀に比べ短刀にはいささかの哀れがあります。 本来組打ちとなって鎧越しに相手を殺傷したり,相手の首を落したりする 為の物ですが,自刃の用意もあり,こちらに向う恐ろしさが見えます。 「吉光」の短刀は「殿の身を守る」といわれ大名家に珍重されたとか。 足利将軍重代の宝物として信長・秀吉に伝えられ,家康に受継がれ, 大名家に譲られ,そして明治天皇へ献上されている物もあります。 「小烏丸」と呼ばれる平家重代の太刀がありますが,正倉院刀の様な 菖蒲葉形の鋒(きっさき)をした古雅な太刀です。 この刀は「国宝」とは別の管理がなされ「皇室御物」と呼ばれていますが, 「ごもつ」と雅に発音されます。(法隆寺48体仏も同様でしたが) 宝物に関する知識も鑑賞に含まれるでしょう。
しかし,刀をじっと見ていると得も云われぬ恐ろしさを感じます。 その姿・刃紋が如何に美しかろうと,要するにそれは単なる「人切り包丁」 に過ぎないからです。人を殺す事を目的とした道具なのです。 切り様によっては見事スッパリと切れるのでしょう,刑死者を重ねて試し切り にした結果を誇るが如くに金象眼で刀芯に記入した刀もあるくらいです。 その恐ろしき殺傷能力を身近に持つことから,「武士の魂」に象徴され, 武家の「宝物」となったのでしょう。
明治以降の新興の軍人階級にとって刀は旧来の武家に対するあこがれ の様な物ではなかったのでしょうか。 先の大戦では南京で多くの中国人が兵の度胸試しとして斬首されています。 人の首を切って武人になれたのでしょうか。恐ろしいことです。
これと同様に,底知れぬ恐ろしさに対する信仰の様な物が原爆にもあります。 その破壊力に対する評価が 40,000発の核兵器を製造させました。 一発いくらかかるか知りませんが,その運搬手段の開発と相俟って, 破産してしまった大国がある始末です。
多種類の核兵器が製造されましたが,実の所核兵器は使えない兵器なのです。 相手をたたくと共に自分自身の戦略環境をも破壊してしまうのです。 水中核では水温の微妙な変化により変る音響データに基づく敵潜水艦監視用 データベースが全部無効になってしまいます。 高高度核爆発による電離層の破壊はオアフ島に大停電をもたらしました。 (それらの経験からインターネットで使用される通信技術が生れたのですが)
残念ながら最近核実験を行った後進国とみなされていた国々がありますが, 原爆の原理は簡単です。臨界量の核物質を瞬時に集合させるだけです。 集合環境によりその臨界量が変ってくるのですが,プルトニュームの場合は 爆縮という技術が使用されます。
火薬の燃焼による衝撃波をプルトニューム球表面に同時に集合させ プルトニューム球を瞬時に押しつぶします。 強い圧力を掛ければ固体と謂えども縮み,縮めば密度が上がり,少量の核物質で 臨界に達します。臨界となれば爆発するだけです。 着火点から凸形に燃え広がる衝撃波を凹形状とするには爆薬レンズを使用します。 燃焼速度の異なる2種類の火薬を2重に配置して燃焼到達時間を調整します。
水爆の原理も簡単です。重水素化リチュウムを発砲スチロール等で取囲み, 起爆用原爆からの軟X線で発砲スチロールを光速的同時に過熱爆発させ, 重水素化リチュウムを瞬時に爆縮させます。重水素化リチュウムが縮んでも 爆発はしませんが,起爆用原爆の熱で着火しやすくなります。
スーパーコンピュータを使用し物質の振舞いを突止め,如何に最小の爆発物で 最大の効果を上げるのかを研究し,又如何に爆発力を少なくして味方に影響力が
及ばない様にした戦術核兵器も開発されています。 最先端の技術であるかも知れませんが,その目的はやはり「人殺し」なのです。 日本刀の底知れぬ恐ろしさと相通じます。この事を忘れてはなりません。
小嵐 正昭 mailto:koarashi@mb.infoweb.ne.jp
【 中学校の教員をしています。1年生の社会科授業で、インド・パキスタンの核実験の話題をしたあと、マーシャル諸島の被爆した子ども達を題材に、子ども達と考えました。中学1年生といえども、核の被害・戦争の悲惨さ・世界の平和等に深い関心を持っています。加えて、核兵器のしくみや、核保有国の実体等に関しても知る機会さえあれば、彼らの疑問や平和の意識は確実に満たされ、確実な豊かさにつながるものと、私なりに感じています。
私のようなものが、ここに言葉を入れることは場違いかもしれませんが、わかりやすい事実に基づいた情報が手に入るこのホームページに感謝しています。子ども達が、地球の未来や、今の大人に希望を感じる一つの大きな活動だと感じました。
今後の活動にも期待しております。 】
F.O.
【 I am pleased to join you to protest against the successive nuclear explosion
tests by India and Pakistan and denounce the two countries. But I reminded
myself to do nothing when U. S. made a series of precritical test recently,
and also not to express our suspicion on nuclear possesion of Israel. As
many countries criticized, NPT and CTBT had unfairness based on the priority
of nuclear big 5 who have a very maniac idea of nuclear deterrant. However
international leading powers are these countries. Perhaps these powers are
much bigger than the target of anti-land mine activities utilizing internet
systems. Finally I send you my tiny solidarity to stop the circlus viciosis.
】
Mituo Suzuki
【 人の命を 奪うのは一瞬です。 たった一人の命が、どれだけ大切かあなたにわかりますか? そのひとりが、世界を私たちの地球を救う大切なひとりかもしれません。
もしかして、あなたの、あなたたちの国を変えることのできるすばらしい才能をもったひとが、この核によっ 命を落とすかもしれないのです。 命の重さをもう一度良く考えてください。消えかける地球全体のことも・・・・・。
どこで行おうと、地球を壊していることに変わりわないのです。 命を救うのはとてもむずかしいことです。 】
一看護婦より
【 今回のインド・パキスタンの核実験の知らせを新聞で読んだとき、 本当に、あぁやってしまったかと言う想いが湧いてきました。 私は、常々原爆、核兵器、平和に関わることについて自分なりに、
そして、気心の知れた仲間とともに学んできました。 平和でなくては、医療など展開できない。人間は生きてはゆけない。 だから、医師・医学者も立ち上がらなければならない。
その考えに、私も賛成です。医師なのだから、医療さえやっておれば よいのだと言う考えは、私は同意できません。医師だからこそ、 命が大切であるという事を実感に基づいて、語ることが出来るでは
ないですか!! IPPNWの活動については、まだまだ勉強不足ですが、今後ともじっくりと 学んでいけたらと思っております。 私のサイトのURLは以下の通りです。
http://plaza26.mbn.or.jp/~smile_agashy/ では、失礼いたします。 】
田頭 弘子(医学生)
【 核兵器前面禁止・廃絶に賛同いたします。 今朝のパキスタン首相の発言に怒りを感じています。「広島・長崎の被 爆は日本が核を持たなかったからだ、だから、我国の核実験は正しい」
という発言です。言語道断です。問題をすり替えるのもいいかげんにし て欲しい。自国を正当化するために被爆した都市の名をあげるなんて、 なにを考えているのでしょう。いくら国民が核実験を望んだからといっ
て、行動に移すとは、国をつかさどるものとして問題があります。 核兵器は、その他の兵器とは違うと思います。その威力、子々孫々まで も苦しめる脅威。核兵器の本当の恐ろしさをもっと知ってもらいたい。
その為にも唯一の被爆国である日本が中心になって、今すぐにでも 前面廃絶の為の行動を先頭に立って起こすべきだと思います。 そのための協力であれば、国民も進んで参加することでしょう。それに
世界中でも賛同してくれる人達がたくさんいるはずです。 とても難しい問題ですが、今すぐにやらなければならない問題です。 もう待っている時間はないはずです。世界中が平和と安全のために
子供たちに美しい世界を残すためにも、核兵器の廃絶を願っています。 】
小山直子
この内容で抗議FAXをおくります(Webmaster,TPENW)
【 抗議文とは少し違うのですが・・・ 私は17日、関西空港発香港・デリ−経由ボンベイ行きの飛行機( 14時発エアインディア)に乗りました。
デリ−に到着する1時間から30分くらい前に、地面が広い範囲で 半円に赤く光るのを見ました。 それは3個所で、ほとんど同時に光っていてSF映画のワンシ−ン
の様な不気味な光景でした。 ボンベイから、24日に日本へ帰ってきましたが帰りの飛行機で隣 りに座っていたインド人の方が、24日の時点で5回実験を行って
いると教えてくれました。 インド人の半数の人が、核実験に反対していると聞きました。 17日に、見たのが核実験だとしたら被爆したのではないかと、
とても不安です。 】
橋本 由佳
こんにちは、私は長崎大学大学院の学生で、土木工学を専攻しています。 就職試験の対策として、インドの核実験に対する情報収集のために、 当ホームぺジにアクセスしました。皆様の高い意識に対して、動機が2次的な為、
明確な主張は持っているわけでは有りませんが、今回の一連の事件に対して、 一言いわせてもらえるならば“核兵器を保有している国にインドを責める権利は
あるのであろうか”という事です。“銀行強盗が、万引き少年に説教できるのか?” という事ではないのでしょうか。このような状況こそ、先進国の中にあって
核兵器の保有を放棄している日本(この場合不甲斐ない政府の事です)がリーダー となるべきではないのでしょうか。まあ、わかっていてもそれが出来ないのが
今の政府の現状だとは思いますけどね^^。 医師という最も人道的な職業の方が、この様な活動を行っているという事を知り、 まだまだ、世の中捨てたもんじゃないなと思いました。これからの御発展を心から
お祈り致します。
森田敏徳
インドの核実験には怒りを覚えるとともに悲しくなってしまいます。下痢や蚊などによる伝染病のために今も多くの子供たちが死んでいる現状の中で、大国であることを示すための核実験に莫大な金をつぎ込むとは。同時にこの実験はCTBTの不完全さをあらためて示しました。またフランスや中国、アメリカの核実験の時にはなかった日本政府の断固たる抗議には白々しいと言う感想しかありません。核を持っているということは優越感を持つ種類のものではなく筈べきことなのだということが世界中であたりまえになるように、この兵器の非人間性をもっと広めていかなければならないと思います。
村田嘉彦
【 たった今ニュース速報で インドの地下核実験のニュースが報じられました。 まだどのような内容の実験かは分かりませんが、 絶対にやめさせるべきです。
世界で唯一原爆の被害を受けた国の国民として・・・ 悲しみは繰り返してはいけないのです。 】
種田秀樹
松谷訴訟の高裁判決が、判決文で示したように、認定審査会の反論は、はなはだお粗末なもので、「DS86が示した線量分布に従へば、被爆線量は極めて少ない、従って被爆と疾病との因果関係は否定される」ということであった。
判決を国が不服として最高裁に判断を求めれば、当然この審査会の論点をめぐって、二つの意見が対立するはずである。
我々はこれにそなえて、いくつかの論点を明確にしておかなければならない。 第一は、二審裁判長も指摘しているように、歴史的経緯のある被爆者補償法の本来の精神を歪曲し、審議会に基準化を求め、この答申を絶対化し、基準に当てはまらないもののすべてを棄却するのが当然とする、運用のありかたである。(付言すれば、公害病・職業病でも、同様の打ちきり問題が続いている)。
第一に救済的立法には、常に基準の枠からはずれる症例があり、その事をめぐって多くの争いがあったことは、周知の所だが、今その事を論じている暇はない。
第二には、一定程度以下の低線量被爆がなんら人体に影響をもたらすものではないと言う閾値論があること。そこでは [5~50~100~200~]mmSvと、広範な範囲にわたって論議を呼んでいて、核保有諸国と科学者・環境団体との間に大きな意見の懸隔があること、である。
放射線生物学や疾病の疫学調査の手法がいかに専門分化していると言っても、研究の透明性には核兵器がらみの多くの未公開・秘匿・さらには歪曲の可能性を秘めた分野であるだけに、多くの医師の関与と発言を要する所である。
東京反核医師の会が、その方向にむけてさらに、研究・啓蒙活動を強められるように、期待してやまない。
東京の一医師
はじめまして、アメリカはラスベガスに住む高木と言う者です。 未臨界「核」実験が、反対をよそに、実行されてしまいました。 この模様をラスベガスよりルポしてみました所、
DOMA HOUSEを主催する金子徹さんのご好意で、 彼のホームページに、掲載してくださいました(私の今の環境 では日本語ホームページが出来ないのをお知りになり、見ず知らずの私に
御自身のページスペースを提供、制作して下さいました)。 アドレスは、
http://www.246.ne.jp/~tohru/
です。DOMA HOUSE共々是非ご覧ください。 なお、私自身は、平和を願う立場から、実力行使は あまり賛成出来ないのですが、事実を記するという
立場から、そう言った内容も含みました。なお、 ホームページアップ後に訂正、追加をしましたが まだ、ホームページ上では訂正しておりませんので 最新版を送付させていただきます。
・・・・・・・・・本文・・・・・・・・・・・・・
【ネバダ核実験場(米ネバダ州)7月2日】米エネルギー省は2日現地時間 午前10時(日本時間3日午前2時)、先頃から延期されていた、核連鎖反応を
伴わない「未臨界実験」(注1)を遂行した。
北ラスベガス市にある、エネルギー省のオフィスには、朝の六時頃からぽつぽ つと実験に反対する人達が「ストップ未臨界核実験」などと書かれたプラカード
を手に集まり始めた。
実験場近くでは、実験を中止させようと、反核グループが高速道路をふさいだ ほか、エネルギー省が取材の為に特別に用意した、エネルギー省職員と日米等の
ジャーナリストが乗るバスの車体の下に、反核団体のメンバー達がもぐり込み、 体とバスを鎖でつなぎ、保安官が鎖を断ち切るまで、バスが一時立往生した。七
人程逮捕者がでた模様。逮捕者は、実験場ゲ−ト脇に設けられた、砂漠の一角を 鉄柵で囲んだだけのホ−ルディング・セルと呼ばれる所に一時収容される。実験
場が人里離れた区域にあるので、近くに留置所設備がないからだ。デモが終り次 第、逮捕者は50キロ程離れたビ−ティと言う町に護送された。
マイクロ波や赤外線で、侵入者を監視しているエネルギー省だが、実験場はロ ードアイランド州にも匹敵する面積(1350平方マイル・約3500平方キロ
メートル)を保有し、全域を完全監視するのは難しく、そんな弱点を突いて、三 人の反核団体のメンバーが、警備が手薄な山道伝いに、徒歩とマウンテンバイク
を使い、U1a(ユ−ワンエ−、注2)と呼ばれる今回の実験施設まで一中夜か けて忍び込み、実験を阻止させようとする一幕もあった。
無線から実験の秒読みが聞こえ始めると、二十人弱の反核団体メンバーは、実 験場のゲ−ト外の空き地に手をつなぎ、人間の輪を作った。柵の反対側、つまり
は実験場の敷地内で、警備にあたっている米軍兵士の一人が輪を見ると、「俺も 輪に加わるべきかなあ」と言い笑いを誘った。「歓迎しますから、どうぞ」と反
核団体の一人が返答したが、兵士は近くに設けられた小屋の中に消えていった。 輪の中では、一人一人が、思いつくまま平和と反核の思いを告げると、それらを
総括するように、ネバダ出身で先住民反核活動家であり、反核団体シュンダハイ (注3)を主宰するコ−ビン・ハ−ネィさんは、「我らの母なる大地が汚染され
る事を心から悲しみます……」と英語で言った後、ハ−ネィさんの母国語である ショショ−ニ−語で祈りを捧げた。最後の十秒前になると、みんな一斉に空に向
かって、唸りともつかぬ喚声を上げた。実験を止められなかった、苦痛の叫びだ った。「スリ−、ツゥ−、ワン、ゼロ・タイム、リバウンド(今回のテストのニ
ックネ−ム、注4)。」無線が実験遂行を告げるが、実験施設からはかなり離れ ており、振動も音も伝わっては来ず、彼等の喚声と強い風の音以外は聞こえない
、静かな「その瞬間」だった。
ゲ−トを警備する兵士の一人は、「その瞬間」は無表情に缶コーラを飲んでい たが、実験後はエネルギー省の職員らしき人を乗せた車が、実験場を離れる度に
、親指を立てる(いいぞ!うまいぞ!と言った意味)仕草をして見せた。
「今日は本当に悲しい日です」、デモに参加していた、ラスベガス在住のレイ ナ−ド・クヌッツェンさんは言った。「日本でもこの実験に反対するデモが行な
われたと聞きました。日本の皆さんにお礼が言いたい。でも、(実験を)止めら れずに非常に残念です。」クヌッツェンさんによると、反未臨界実験のデモは、
ニューヨーク、サンフランシスコ、ワシントン等の全米各地でも同時に繰り広げ られた。
初の「未臨界」実験に使われたのは、約3ポンド(約1.5キロ・1ポンドは 約454グラム)のプルトニウムと160ポンド(約72キロ弱)の高性能爆薬
。地下約290メートルに作られたトンネルで、高性能爆薬を爆発させ、プルト ニウムに衝撃を与え、約二十年前に生産された「古い」プルトニウムが核兵器と
してまだ使えるか、また、効能は新しいプルトニウムと同じであるかを調べるの が目的。米エネルギー省によると、この実験では核連鎖反応を起こさないので、核実
験とは言えず、包括的核実験禁止条約(CTBT)に反するものではなく、また 、実験は核抑止力を維持するために必要とも言っている。が、核兵器の約三分の
一の核を使う上、核兵器の安定性を調べるという性格性から、これを核実験と見る 反核団体とは最後まで、見解の一致を見なかった。
今回のテスト、REBOUND(リバウンド)は予定されている一連の未臨界 実験の始まりでもあり、新しいプルトニウムが使われた。「古い」プルトニウム
が使われる、HOGLOG(ホッグログ)と呼ばれる次のテストは九月に予定さ れている。
注1:「臨界」とは核用語で、核分裂の連鎖反応が始まった状態に達する事で、 これに「未」がついて、核連鎖反応に達する直前状態の、という意味。
注2:ネバダ核実験場は広大なので、地域を区切り、各々の地域(エリア)に番 号がつられており、例えば「エリア5」と言うように使われる。エリアの下に区
域(セクション)があり、小文字のアルファベットで表示される。独自の住所な 様なもので、Uは地下(アンダーグランド)を示し、「U1a」は、エリア1の
セクションaにある地下という意味。
注3:アメリカ先住民の言語である、ショショ−ニ−語で、「全ての創造物の平 和とハーモニー」と言う意味。
注4:アメリカでは、核実験にニックネームをつける習慣があり、元々核実験の 情報が機密扱いであったので、公の場で各々の実験を区別するため便宜上つけら
れたもの。これは、実験ではないが、広島に落とされた原爆がリトルボーイとい うニックネームだった事は有名。各々の核兵器につけられたニックネームと、一
連の実験プロジェクトにつけられる、プロジェクト・ネームがある。「ニューメ キシコで行なわれた世界初の原子爆弾は『トリニティ』で、『マンハッタン』・
プロジェクトの一部」、と言う様に使われる。
文責 高木青葉
航空会社職員、ライター
原爆は暴力の極大として嫌悪すべきものと考える。戦争も国家による大規模暴力の行使である。平和は、人々の心の中から暴力をなくすことによって得られるのではないだろうか。暴力は、相手を理解できない所に起こる。想像力の欠如から起こる。生命力の減退から起こる。生命力を強め、想像力を働かせ、相手を理解していく努力を、日々の言動の中から実行して、暴力をなくしていくよう努力していきたい。
原爆を投下した人間は確かに悪を為したのである。命令を下した人、政策に賛成した人、反対しなかった人、反対したが何の行動もとらなかった人もすべて悪を為したのではなかろうか。しかし、これは結果的に悪を普遍化し弱めることになってしまう。戦争を遂行する人も悪を為しているとは考えていないのではないか。悲劇を繰り返さないためには、言動の、思考の善悪の認識を明らかにすべきではなかろうか。
善悪は、どこで区別すべきなのか、日常の言動の中から善悪を識別する目を養う必要があると思う。国や時代によらず、男女も老若もだれでも納得のできる、指標があれば教えて欲しい。暴力か否かの判断も合わせて。
(August 6, 1997)【 井上 修二 】
「年表」はとてもすばらしっかたです。大変細かく調べられており、「すごい。」の一言でした。読者の方から「変更」や「追加」を書いて頂くというのは、”みんなで作っていく年表”といった感じでいいですね。
私自身、原爆が「いつ」「どこに」投下され「どのような被害がでた。」というような資料はいくつか目にしたことはありましたが、 原爆が出来るまでという「原爆自体の歴史」のような書物はあまり読んだことはありませんでした。
それなので、この年表の1700-1929のところが一番興味深かったです。 また、ここまで詳しく、きれいにまとめられている年表は初めて見ました。 今回「原爆放射線の遺伝的影響」がとても興味深かったです。またあのようなものがあったら是非読んでみたいです。あと、ここで「署名」を載せてありましたが、このhomepageの中でそのようなものを集めるといったことはしないのでしょうか?
この「ご意見箱」がそのまま「みんなからの声」といった形で一つにまとめられ、「討論会のページ」に掲載されるのでしょうか? 【 関口陽子 】
核兵器を廃絶し、核の脅威をとりのぞくことは、冷戦が終わった今日に残された、 もっとも重要な課題であります。日本の医師はすべて、核兵器がもたらす結果を
熟知しておられ、この大量破壊兵器に対して、毅然として道義的な対決姿勢を 堅持してこられました。
「医療と地球の生存」(Medicine and Global Survival)の編集委員一同は、東京反核医師の会 がこの新しいWorld
Wide Web のページを開設されたことを歓迎します。核武装を地球から一掃することをともに 目指しましょう!
1996年7月3日
John Loretz, Executive Editor, Medicine and Global Survival.
この度貴会がインターネットホームページを開設されることを伺い、心からお祝い申し上げます。インターネットを通して、世界中の人々が自らのパソコンを用いて、知らせたい情報を発信し、必要な情報を受信できるようになったことは、喜ばしいことであります。わが国には二十に近い数の核戦争反対する医師の会が全国各地に結成されて、活動しております。国際的にもIPPNWの日本支部が広島県医師会に置かれ、ボストンにある本部事務局と密接に結ばれております。IPPNWのアメリカ支部としても機能するPSR(社会的責任を果たす医師の会)は既にホームペ−ジを開設しており、IPPNW自身も近々開設すると聞いております。IPPNW、PSR,およびPHR(Physicians
for Human Right)が協力出版している「医学と地球的生存」誌(Medicine and Global Survival)の発行も本年からインターネット上で行われることになりました。貴会がわが国の医師の会の魁として、この新しい情報システムを、核のない世界を希求する医師の意見交換の場として利用しようと企画されたのは、素晴らしいことと考えます。それは、わが国のみならず、世界中の多様性をもった医師の会をネットワークによって結びつけ、一致して核の廃絶に向かって力を尽くすことを準備するものとなるでしょう。
1937年の7月7日は、結局引き返せなかったあの15年戦争が、北京郊外ろ溝橋で開始された日です。59年前は国民は戦争と平和に関する正確な情報から完全に遮断されていたことを苦い記憶として想起します。今日私たちの情報の発信と受信の環境は全く異なるものとなりました。この新しい環境を核の廃絶と平和のために応用することは大変重要であります。貴会の試みが成功することを願っております。
1996年7月7日
核戦争防止群馬県医師の会代表委員 鈴木 光雄
お待ちしています。 TOPへ