低線量放射線の影響=核兵器・核実験被害


日本大学 野口 邦和

§1 はじめに

核兵器・核実験被害は、決して放射線被曝だけによりもたらされるものではありません。また、たとえ放射線被曝に限った場合であったとしても、決して低線量であるわけではありません。そこで、先ずは「低線量放射線の影響=核兵器・核実験被害」という妙な演題になったいきさつについて話そうと思います。
最近、低線量放射線の影響について改めて関心が持たれており、チェルノブイリ事故10周年の今年(1996年)、いろいろなデータが国際会議の場などで出てくる機会が多くなりました。今年3〜5月にかけて、チェルノブイリ事故の影響に関する一連の国際会議が国際原子力機関(IAEA)などの主催によって開かれましたが、この一連の国際会議で出てきた低線量放射線の影響に関するデータを今回の被爆者問題研究会で紹介してはどうか、というのがそもそもの私の提案でした。被爆者問題研究会に向けた日本被団協と日本科学者会議の準備打ち合わせ会議における私の提案は以上のようなものでありましたが、日本科学者会議に持ち帰って検討したところ、重要な問題ではあるけれども被爆者問題研究会でチェルノブイリ事故の影響に関する報告が中心になるのはどうかという意見があり、やはり核兵器・核実験被害に関する報告を中心に据えることになりまして、このような演題になった次第です。ですから、できるだけ演題に即して話させていただきたいと思います。
なお、先ほど増田善信先生からご紹介がありましたように、9月15日〜23日まで「第2次セミパラチンスク核実験被害調査団」の一員として私はカザフスタン共和国に行っておりました。事前の準備などもあって、本日の研究会のレジュメとしては1枚しか用意できませんでした。ですから、OHPを使って話を進めさせていただきます。

§2 原爆被害を形骸化しようとする最近の動き

いつの世にも不心得者はいるものですが、原爆被害を形骸化しようとする最近の動きについて、いくつか紹介したいと思います。
ひとつは自民党の亀井静香・衆院議員の「広島原爆碑目ざわり」発言です。新聞報道によると、8月29日に広島市の平和記念公園内にある広島国際会議場で開かれた同党青年議員連盟総会の講演で、広島県選出で同党広島県連会長も務める亀井静香氏は、「ここは平和(記念)公園だが、目ざわりな碑がひとつある」とし、原爆碑に「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と刻まれていることを取り上げ、「過ちは繰り返しません、といっても別に日本軍が原爆を落としたわけでもないのにおかしい」と碑文を批判したそうです。
亀井発言に対し、広島県被団協の末宗明登事務局長が「以前碑文をめぐる論争が起きた際、当時の浜井信三市長が『全人類の誓いの言葉』との見解を示し、われわれもそれを支持した。自民党の県連会長ともあろう人がこうした経過を知らないとは思われないが、こうした批判が行われる背景には戦争に無反省な自民党のもつ根深い体質がある」と直ちに批判しています。また、同被団協常任理事の清水房枝さんも「こういう人が県選出の国会議員であると思うと情けなくなります。原爆や戦争を二度と起こさせないという碑を目ざわりというなんて、人間の心じゃないと思います。被爆者としてとても悲しいです」と話していたそうですが、こういう発言が被爆50年を過ぎてもなお出てくることに驚きと怒りを禁じえません。
二つ目は久保寺昭子・東京理科大学教授の発言です。久保寺氏は放射線審議会の委員を務めている人でもありますが、新聞報道によると、原発の誘致が大問題になっている新潟県巻町で開かれた通産省・資源エネルギー庁主催の講演会で、「放射線が原因で癌になるなどというのは科学的に証明されていない」という、事実に反する講演をしたそうです。同講演会に参加した弁護士の高島民雄さんが、広島・長崎の原爆被爆者の癌の増加は科学的に証明されていると反論をしたところ、「(原爆のころと)いまとは衛生状態が違う」などと述べたといいます。重要な問題であるので、新聞記事ではなく久保寺教授の当時の講演記録を入手したいと思っているのですが、まだ入手できておりません。
実は、久保寺教授はこの講演会の約一カ月前にも同じ巻町で講演をしています。このときの講演記録は某新聞に全文に近いものが載っており、私はそれを入手しております。その中で言っていることは、「放射線が原因で癌になるなどというのは科学的に証明されていない」ということとは違っており、被爆二世に対して癌の増加であるとか奇形の増加が知られていない、ということです。現在報告されている資料を見る限り、被爆二世の癌や奇形の増加が認められていないことは確かにそのとおりだろうと私も思います。被爆二世の癌や奇形の増加が科学的に証明されていないという意味であれば、それはそのとおりであると思います。しかし、それなら被爆二世の癌や奇形の増加は絶対に起こらないことが科学的に証明されているかといえば、決してそうではありません。被爆二世の問題は、現在の段階ではよくわかっていない問題であります。久保寺教授が問題の講演会の約1カ月前の講演会で発言した内容であれば非難されるいわれはないと考えますが、問題の講演会は新聞記事になっており、反論された人の発言まで掲載されていますから、たぶん久保寺教授はそれに近いことを言ったのではないかと思います。とにかく、引き続き事実の確認が必要であると思います。
三つ目は、カザフスタン共和国での体験です。先ほども話しましたように、つい1週間ほど前までカザフスタンに行っておりましたが、首都アルマトイで「ネバダ・セミパラチンスク運動」の方々と合同で円卓会議を公開の場で行いました。そのとき、参加したある人が「何年か前に日本人がやって来て、広島・長崎では癌が増加していない、と言っていた。本当なのか?」と私たちに質問してきました。この日本人が誰なのかわかりませんが、こういう事実に反することを海外で発言している日本人がいることは確かなようです。「その日本人の発言は間違っている。放射線影響研究所などによる何十年間にもわたる調査で、被爆者の白血病が増加しているとか、いろいろな癌が増加しているという確実なデータが既に出ている。癌以外の病気も一般人より増加している。増加率が被曝線量におおむね比例していることも確かめられている。こういうデータをもとに、国際放射線防護委員会(ICRP)が人の防護基準を作っているんだ」と私は答えておきましたが、とんでもない日本人がいるものです。
それから原爆被害の形骸化ということではないのですが、「広島・長崎の被爆者はどうなんだ」という質問を、訪問する先々で受けました。一般の市民ならまだしも、アルマトイの反核団体の活動家や国立のセミパラチンスク医科大学の医師と話をしていたときに、こういう質問が必ず出てきました。つまり、旧ソ連時代に核兵器関連の情報が著しく制限されていたからでしょうが、カザフスタンでは専門家といえども、その種の情報を十分に持っていないんです。日本被団協が原爆被害の実相を伝えるための普及活動を内外で旺盛に行っていることは私も承知しているつもりですし、日本科学者会議も科学者の立場からそれなりに普及活動をしているわけですが、広島・長崎の被爆から50年が過ぎたとはいえ、まだまだ原爆被害の実相は知られていないということを改めて実感した次第です。

§3 原爆被害の実相(高線量放射線の影響)

原爆被害は決して放射線だけによってもたらされるものではありません。したがって、原爆被害を放射線だけに限ることは問題であると思います。しかし、本日の演題とのかかわりで、放射線被曝との関連で現在までにわかっている癌などの原爆後障害について、ごく簡単に紹介したいと思います。
先ず、原爆後障害について調査してきた機関はといえば、1947年に設立された原爆傷害調査委員会(ABCC)です。これは1975年に放射線影響研究所(放影研、RERF)に改組されましたが、一貫して被爆者の後障害を調査してきた機関です。もちろん「被爆者の調査だけして治療はしてこなかったではないか」という強い批判のあることは重々承知しております。しかし、この研究所の出した被爆者の原爆後障害に関するデータが、放射線の人に対する影響を考える上で非常に重要なものであることは、誰も否定のできないところです。この他にも、広島赤十字・原爆病院、放射線医学総合研究所(放医研)、広島大学医学部や同大学原爆放射能医学研究所(広大原医研)、広島県原爆障害対策協議会管理センター(広島原対協)などの機関が、被爆者の調査を実施してきました。
たとえば、放影研(RERF)では被爆者の寿命調査(対象者数11万人、調査開始年1950年)、病理学的調査(同7万人、同61年)、成人健康調査(同2万人、同58年)、胎内被爆者調査(同2800人、同56年)を実施してきました。また、放影研は被爆者の子供の死亡率調査(対象者数7万7000人、調査開始年60年)、遺伝生化学的調査(同4万5000人、同75年)、細胞遺伝学的調査(同3万3000人、同67年)も実施してきました。
次に、現在までずっと続いているこれらの調査結果について、ごく簡単に紹介したいと思います。これから紹介するのは放射線被曝者医療国際協力推進協議会編の『原爆放射線の人体影響1992』(文光堂、1992)から引用したものです。広島・長崎の被爆50周年にあたる昨年、放影研から50年間の総括データが公表されたそうですが、私自身はまだそれを入手していないものですから、『原爆放射線の人体影響1992』から引用してご紹介いたします。

図1は部位別癌死亡率の1グレイ当たりの相対リスクおよび90%信頼区間を示したものです。直腸癌、膵臓癌、前立腺癌、悪性リンパ腫の死亡率は一般人より有意に高いとはいえないものの、白血病をはじめほとんどの癌死亡率が一般人より有意に高くなっています。こういうデータが放影研などの長年の調査活動 によってわかっております。ですから、先ほどご紹介した東京理科大学の 久保寺教授が新潟県巻町で「放射線が原因で癌になるなどというのは科学的に証明されていない」と講演したそうですが、 何を根拠にそういう講演をしたのか私にはまったく 理解できません。「放射線が原因で癌になるなどというのは科学的に証明されてい ない」などという議論は、今日ではまったく通用しない非科学的なものであります。

それから、図2は原爆被爆者にみられる悪性腫瘍の発症時期を示したものです。点線は、悪性腫瘍の発症が統計的に有意に増加しているわけではないが、どうも発症しているようだ、発症が示唆的であるという意味です。実線は、悪性腫瘍の発症が統計的に有意に増加しているという意味です。たとえば白血病について見ると、1950年以前に示唆的であったものが、50年以降は統計的に有意に増加している状態が続いている。また、たとえば甲状腺癌について見ると、50年を過ぎたあたりから示唆的となり、55年以降70年まで統計的に有意に増加している状態が続き、70年以降は示唆的な状態に戻っているというわけです。乳癌や肺癌などについても、詳しく調べられています。
癌だけでなく、他の疾患についても詳しく調査されています。

図3は癌および血液疾患を除いた疾患の死亡率を、被曝線量との関わりで見たものです。左図は被爆時の年齢が40歳未満の人、右図は被爆時の年齢が40歳以上の人に対するものです。被爆時の年齢が40歳未満の人の場合、被曝線量が高くなるにつれて他疾患の発症率が増加する傾向にあります。一方、被爆時の年齢が40歳以上の人の場合、被曝線量と他疾患の発症率の間にははっきりした関係がないように見えます。

表1 原爆放射線の後障害

増加確認増加示唆増加なし
  • 悪性腫瘍
    • 白血病
    • 甲状腺癌
    • 乳癌
    • 肺癌
    • 胃癌
    • 結腸癌
    • 卵巣癌
    • 多発性骨髄腫
  • 白内障
  • 染色体異常(リンパ球・骨髄細胞)
  • 体細胞突然変異
  • 体内被爆者の知能停滞(小頭症)
  • 幼少期被爆者の成長・発育遅滞
  • 器官機能異常(副甲状腺)
  • 悪性腫瘍
    • 食道癌
    • 唾液腺腫瘍
    • 泌尿器癌
    • 悪性リンパ腫
    • 皮膚癌
  • 悪性腫瘍以外の死亡率
  • 特定の体液免疫能変化
  • 細胞媒介免疫能の変化
  • 悪性腫瘍
    • 慢性リンパ性白血病
    • 骨肉腫
  • 加齢促進
  • 不妊
  • 被爆者の子供の先天異常
    死亡率、染色体異常および蛋白異変
表1は図1の内容と重複する部分がありますが、原爆放射線の後障害を、統計的に有意の増加が確認されたもの、統計的に有意ではないけれども増加が示唆的なもの、増加が確認されていないもの、に整理・分類したものです。増加が確認されていないものの中には、本日の研究会の午前中にも問題になった被爆者の子どもの先天異常というのがあります。被爆者の子どもの先天異常を「ない」と見るか、それとも「あるかも知れないが、まだわかっていない」と見るかは解釈上の問題になってくるので、現在の時点でこれを議論してもあまり実りは少ないと私自身は思っております。
とにかく広島・長崎の被爆者の原爆後障害については長期間にわたってかなり詳しく調査されています。カザフスタンで広島・長崎の被爆者の原爆後障害のデータを簡単に紹介すると、みなさん本当に目を丸くして熱心に聞いてくれました。セミパラチンスク核実験場周辺地域の被害の調査が目的であったため、広島・長崎の被爆者に関する詳しい資料を持っていかなかったのですが、持っていけばよかったなと後悔しております。

§4 低線量放射線の影響はどこまでわかっているか

さて、低線量放射線の影響は現在どこまでわかっているかということですが、私自身は図4が現在の状況をおそらく一番的確に表しているのではないかと思っております。この図はエリック・J・ホール著『RADIOBIOLOGY FOR THERADIOLOGIST』、邦訳が篠原出版から『放射線科医のための放射線生物学』(1980年)という名前で出ていますが、その本から引用したものです。横軸はX線の線量となっていますが、X線以外の放射線も含めた線量だと思って下さい。縦軸は癌の増加率です。要するに図4の示すところは、高線量領域における癌の増加率を示すデータはあるけれども、低線量領域における癌の増加率を示すデータはない、ということです。ですから、低線量領域における癌の増加率は、高線量領域における癌の増加率から推定するほかありません。しかし、推定するといっても推定の仕方にもいろいろなやり方あって、なかなか難しいのです。

図の中の曲線Aは、高線量領域のデータからの直線外挿によって低線量領域における癌の増加率を推定しようとするものです。また、曲線Bは癌の増加率と線量との間に2次式の関係があるものとして、高線量領域のデータから低線量領域における癌の増加率を推定しようとするものです。さらに、曲線Cは、ある一定の線量以下では癌が増加しない、要するに「しきい値」があることを仮定したものです。これらの3つのモデルは高線量領域のデータには同等によくフィットしていますが、低線量領域における癌の増加率を推定しようとすると、どのモデルを使うかによって、まったく違った結論が出てきてしまうわけです。
低線量放射線の影響は現在どこまでわかっているかという質問に対する回答は、残念ながら以上のようなものです。私たちはこういう状況に直面したとき、どういう態度を採るのが賢明なやり方といえるのでしょうか。これが問題です。
放射線防護学では、一応、曲線Aの仮定を採っております。将来どういうモデルが正しいと証明されるか、現在の私たちにはわからないわけです。この図には示されていない別のモデルが出てくるかも知れません。いずれにせよ、よくわからないときには結論が過大になるような仮定をし、その上で対策をたてておけば大きく間違うことはないだろうという、安全サイドに立った態度で対処することにしております。被爆者の対策を考える上でも、こういう立場が本来貫かれなければならないと思います。
図4は、低線量放射線の影響に関する状況を見るとき、最も簡潔で且つ最も本質的なことをついていると思いまして紹介させていただいた次第です。

§5 原発事故の被害と原爆被害は別物である

次に、原発事故の被害と原爆被害は別物であるという点です。もちろん放射線被曝という点で両者に共通点のあることは承知しているつもりですが、原爆被害を放射線被曝による被害に矮小化するのは誤りであり、両者はやはり別物であると私は思っております。
たとえば、原爆が炸裂したときにエネルギーがどのように配分されるかというと、よく知られているように、3万メートル以下の高度における核分裂兵器(原爆)の空中爆発では爆風と衝撃波が50%、熱線が35%、放射線が15%です。放射線のうち爆発後1分間以内に放出される放射線を初期放射線、最初の1分間が過ぎてから放出される放射線を残留放射線といいますが、初期放射線が3分の1の5ポイント、残留放射線が3分の2の10ポイントです。ですから、会場にいるみなさんには「釈迦に説法」でしょうが、放射線だけを取り出して見ても原爆被害の全体像を見ることはできません。また、3万メートル以下の高度における核分裂兵器の空中爆発であれば放出されるエネルギーの配分は前述のような配分になりますが、当然のことながらどのくらいの爆発威力の核兵器をどの高度で爆発するかによっても、実際の被害状況は大きく異なります。
この他にも、核兵器による攻撃目標が人口中心地か軍事・産業施設かによっても被害状況は異なります。爆発時の季節や天気によっても被害状況は異なるでしょう。たとえば、乾燥した冬の季節では火災が拡大するでしょうし、雨天の場合にはフォールアウト(放射性降下物)の沈降が促進されるでしょう。また、よく澄んだ真っ青な快晴の大気条件下では、致死的な熱線の及ぶ範囲が拡大するでしょう。
前述した爆発や攻撃目標に関する諸条件、季節に関する諸条件、大気条件に関する諸条件などは、核攻撃する側がいかようにも選択できるわけであります。その点を十分に承知した上で、非常に簡略化・単純化しているという批判があるかも知れませんが、ここでは核兵器による被害例として広島・長崎の被害と核実験の被害、原発事故の被害例としてチェルノブイリ事故の被害、を簡単に紹介して原発事故の被害と原爆被害は別物であることを示そうと思います。
先ず、爆風による被害ですが、核実験場周辺の被害住民やチェルノブイリ事故の被害住民は、基本的に爆風による被害には遭遇しなかったはずです。これに対し、広島・長崎では爆心地付近の風速は毎秒280メートルというすさまじいものでした。爆心地から2〜2.5キロメートルくらいまでの範囲の家が全壊ないし半壊しました。また、爆心地から3.2キロメートルでも風速は毎秒28メートルもあったとされています。みなさんはよくご存じのことだと思いますが、こういうことを私が話すのは、基本的なことについてきちんと整理し確認しておいた方がよいと考えるからであります。
たとえば、今年の4月にチェルノブイリ事故10周年ということで、チェルノブイリ事故の被害に関する記事が新聞や週刊誌で多数掲載されていました。それらの中には、広島・長崎の被害とチェルノブイリ事故の被害を放射線被曝という項目だけでくくって、チェルノブイリ事故の方が広島・長崎の原爆より放射能がずっと多かったということを書いていた記事がいくつかありましたけれども、それでは両者を正当に比較したことにはならないと私は思います。
次に、熱線による被害ですが、チェルノブイリ事故や核実験場周辺では熱線による被害はまったくありませんでした。これに対し、広島・長崎では人体皮膚の熱傷が、広島では爆心地から3.5キロメートル、長崎では4キロメートルまで認められています。
それから初期放射線による被害ですが、当然のことですけれどもチェルノブイリ事故や核実験場周辺では初期放射線による被害はまったくありませんでした。これに対し、広島・長崎では、前述の『原爆放射線の人体影響1992』によれば、爆心地から2キロメートルのところで広島が71ミリグレイ、長崎が127ミリグレイであったと評価されております。また、残留放射線の中の誘導放射能による被害も、チェルノブイリ事故の場合にはまったくありませんでした。これに対し、核実験場周辺では、誘導放射能による影響はゼロとは言い切れないでしょうが、そんなに大きなものではなかったはずです。また、広島・長崎では、前述の『原爆放射線の人体影響1992』によれば、広島の爆心地で800ミリグレイ、爆心地から500メートルのところで91ミリグレイ、長崎の爆心地では300〜400ミリグレイ、爆心地から500メートルのところで34ミリグレイであったと評価されております。
一方、残留放射線の中の局地的フォールアウトだけは広島・長崎の被爆者に限らず、チェルノブイリ事故や核実験場周辺地域の住民にも大きな影響を与えたはずです。その程度はというと、チェルノブイリ事故の場合、たとえば1平方キロメートル当たり40キュリーのセシウム137で汚染している地域に居住する住民の被曝線量は、累積体外線量だけで120ミリグレイほどになります。また、核実験場周辺の場合には、局地的フォールアウトが非常に多かったことは想像できますが、どの程度であるのかという量的なことになると情報が少なく、現在の私たちには正確に評価できないといった方がよいと思います。これに対し、広島・長崎の場合、前述の『原爆放射線の人体影響1992』によれば、広島爆心地で1ミリグレイ以下、長崎爆心地で50ミリグレイ、特に局地的フォールアウトのひどかった長崎の西山地区で400ミリグレイと評価されています。
ところで、私はいま核実験場周辺の住民の被害については、局地的フォールアウトが非常に多かったであろうことは想像できますが、科学的にきちんとしたデータが少なくよくわかっていないと言いました。よくわからない最大の原因は、核兵器保有国の政府が被害住民に対して放置と隠蔽の政策を採ってきたことにあります。たとえば、セミパラチンスク核実験場周辺の被害住民に対して、旧ソ連政府は放置と隠蔽の政策をずっと採ってきました。私たちがカザフスタン共和国のアルマトイやセミパラチンスクの人びとと話をして実感したことは、住民がセミパラチンスク核実験場の汚染状況に関する情報をほとんど何も持っていないということです。4年前の1992年、私は日本ユーラシア協会の派遣した第1次調査団の持ち帰ったセミパラチンスク核実験場の「原子の湖」(注:核実験で生じたクレーターに水を導き入れて造った人工の湖のこと)のほとりで採取した土壌試料の放射能分析を行い、非常に強いコバルト60の放射能を検出したことがあります。翌93年の本研究会で、非常に強いコバルト60の放射能が検出された原因について、私はコバルト爆弾の実験が行われた可能性があると報告しました。今回、4年前にセミパラチンスク核実験場の「原子の湖」のほとりで採取した土壌試料中に非常に強いコバルト60の放射能やユーロピウム152、ユーロピウム154の放射能を検出した分析結果についてアルマトイやセミパラチンスクで紹介すると、そんなことは初めて聞いたといった様子で、みなさん本当に驚いていました。ですから、私の行った放射能分析結果からも核実験場周辺住民の局地的フォールアウトが非常に多かったであろうことは容易に想像できるわけですが、定量的な被害内容になると残念ながら私たちにはよくわかりません。
それから、「原発被害と原爆被害は別物である」という点について、被曝線量と放射線障害との関係でも紹介したいと思います。一例をあげると、被曝する時間の長さの問題です。 表2はアメリカの『ヘルス・フィジックス』という学術誌に10年ほど前に発表された論文から引用したものです。

表2 致死線量に関する照射時間の効果(単位:センチグレイ)

致死線量2週間照射10週間照射26週間照射
LD−907011,0651,850
LD−50 413628628
LD−10141215275

(注)表中の致死線量は以下に記すロスアラモス研究所(LANL)
のモデル式により算出されたものである。
LD−90=585T0.26 LD−50=345T0.26
LD−10=118T0.26

この論文は、全面核戦争が起こりアメリカが多数の核兵器による攻撃を受けたときに国民がどのくらい放射線障害を受けるかを見積もったもので、 核兵器保有国のアメリカらしいなかなかすさまじい内容の論文です。この表によれば、 たとえばLD−50というのは放射線被曝によって50%の人びとが急性放射線障害によって死亡する線量を意味するものですが、被曝期間が2週間の場合には413センチグレイ、10週間の場合には約5割増の628センチグレイ、26週間(=半年)の場合には約2倍の805センチグレイとなります。つまり、被曝期間が長くなるにつれて、その間に放射線のダメージが回復するために、LD−50の値が大きくなるとい うわけです。この表中の値はロスアラモス国立研究所の開発したモデル式により 算出されたものですが、これとは別にNCRP(アメリカ放射線防護委員会)が次のような表3を作成しているそうです。 表3も『ヘルス・フィジックス』誌の同じ論文から引用したものですが、 よく見ると2つの表中の数字は少し異なります。それはともかく、同じ放射線障害であったとしても、 被曝の時間によって線量は大きく異なるわけです。専門的には線量率効果というのですが、 この点を理解していただきたいと思います。

表3 治療行為が必要とされる線量に関する照射時間の効果
(センチグレイ)

1週間照射1カ月照射 4カ月照射
全く不要 150200300
一部分(5%が死亡する可能性有) 250350 500
大部分(50%が死亡する可能性有)450600-

ところで、原発事故の被害住民の場合には、汚染地帯に居住する人びとは長期間にわたる被曝ということになります。一方、広島・長崎の被爆者の場合には、非常に短時間の被曝であったわけです。初期放射線ならわずか1分間以内、実際には最初の数秒間ほどの被曝です。また、残留放射線にしても、最初の5日間くらいに受けた線量が大きかったわけで、最初の5日〜1週間ほどしてから入市して受けた線量はそれほど大きなものではなかったと推定されています。「原発事故の被害と原爆被害は別物である」という例としてはあまりよい例でなかったかも知れませんが、同じ線量であったとしても、被曝する期間によって放射線障害の程度は大きく異なるわけであります。
もうひとつ別の例を紹介しましょう。

表4 小児甲状腺癌の発生数と発生率(人口100万人当たり)

期間/地 域1981〜851986〜901991〜94
ベラルーシ 3(0.3)47(4.0)286(30.6)
同ゴメリ地区 1(0.5)21(10.5)143(96.4)
ウクライナ 25(0.5)60(1.1)149(3.4)
同北部5地区 1(0.1)21(2.0)97(11.5)
ロシア
ブリャンスク・カルーガ地区
0(0.0)3(1.2)20(10.0)

この表はOECD/NEA(経済協力開発機構/原子力機関)が1995年暮れに発表したチェルノブイリ事故に関する報告書『放射線学的および健康への衝撃に関するチェルノブイリの10年』から引用したものですが、小児甲状腺癌の発生率は人口100万人当たり、最も放射能汚染がひどかったベラルーシ共和国のゴメリ州では91〜94年に96.4人という驚くべき値になっています。ゴメリ州では、チェルノブイリ事故前の81〜85年の小児甲状腺癌発生率は、人口100万人当たり0.5人でした。事故後の86〜90年の小児甲状腺癌発生率は、人口100万人当たり10.5人に急増しています。チェルノブイリ事故の際に環境に放出されたヨウ素131などによる影響であることは明らかです。これに対し、広島・長崎では、被曝10年後頃から甲状腺癌が増加し始め、1970年頃まで発生率が一般人より高かったとされています。同じ甲状腺癌でも、チェルノブイリ事故と広島・長崎では潜伏期がかなり違っています。
ちょうど6年前の90年9月、私はチェルノブイリ事故の被害を調査するた め、ベラルーシ共和国(当時ベロルシア共和国)のミンスクやゴメリに行ったことがあります。ソ連というお国柄のせいか科学的なきちんとした統計データがあったわけではないのですが、チェルノブイリ事故後、甲状腺癌が増えているという話をいくつかの病院の医師から聞きました。甲状腺癌の潜伏期は10年とされていましたから、当時の私は甲状腺癌が事故後直ちに増加したという話をにわかに信じることができませんでした。翌91年4月、日本原子力産業会議の総会で「チェルノブイリ事故後の放射線影響」というパネル討論会があり、私はパネリストのひとりとして参加しました。基調講演を行った元放射線医学研究所所長の熊取敏之先生は、この人はビキニ事件の際に久保山愛吉さんの治療を担当した医師で記憶している方もいらっしゃると思いますが、チェルノブイリ事故後の甲状腺癌の増加について、否定的な見解を表明していました。広島・長崎の被爆者のデータなどから、甲状腺癌の潜伏期は最短でも10年ほどなので、チェルノブイリ事故後5年ほどしか経っていない段階で甲状腺癌が増えるはずがない、というのが熊取先生の見解でした。この問題について見解を求められた私は、次のように発言しました。「チェルノブイリ事故後、甲状腺癌が本当に増えているのかどうか、 ちゃんとした統計データが出ていないので何とも言えない。 また、増えているとした場合、その原因が放射線被曝によるものかどうかも、 ちゃんと調べなければ何とも言えない。甲状腺癌の潜伏期は最短でも10年とされて いるので、常識的に考えれば現在増えていると伝えられている甲状腺癌と被曝の関係 はないと思う。しかし、現地の病院の多数の医師たちが確信を持って甲状腺癌が事故 後増えていると発言していたことから、日常の医療活動の中で得られた体験にもとづ く発言は非常に重みがあると考えるので、現在の時点で甲状腺癌の増加と チェルノブイリ事故あるいは被曝との因果関係について結論を下すことは保留したい」と。
OECD/NEAの報告書の表から明らかなように、1996年の時点で見れば、甲状腺癌の増加とチェルノブイリ事故あるいは放射線被曝の因果関係については確実でしょう。広島・長崎では放射性ヨウ素による甲状腺の被曝線量はそれほど高いものではなかったのに対し、チェルノブイリ事故では原子炉内の50〜60%が環境に放出されましたので、放射性ヨウ素(放射能的に大部分はヨウ素131)による甲状腺の被曝線量が非常に高かったはずです。これが潜伏期にどう影響したのかわかりませんが、原発事故の被害と原爆被害は別物であるということを少しでも理解していただければ幸いです。

図5もよく見る有名な図ですが、電気出力100万キロワットの発電用原子炉が事故を起こして原子炉内の放射性物質が環境に全量放出されたときに、放射能が時間とともにどう減るかを表した曲線が(b)です。これに対し、1メガトンの爆発威力の核兵器(水爆)が爆発したときに生成する放射性物質の放射能が時間とともにどう減るかを表した曲線が(a)です。核反応の講義をするつもりはありませんが、長時間運転する原子炉では非常に半減期の長い放射性物質がたくさん生じます。これに対し、核爆発では半減期の長い放射性物質はあまり生じず、むしろ半減期の短い放射性物質がたくさん生じます。そのため、経過時間が4日くらいまでは曲線(a)の方が曲線(b)を上回っているのですが、4日を過ぎると、曲線(b)の方が曲線(a)を上回るようになります。放射性物質の種類という点からも、原発事故と原爆が別物であることがおわかりいただけたことと思います。

§5 核爆発実験の被害(ロシア・アルタイ地方の場合)

大津で行われた原水爆禁止1996年世界大会・科学者集会で、アルタイ腫瘍学科学センターの哺乳動物部主任医師であるラリサ・チュリロワさんが報告した資料を、いくつか紹介します。図6は、49年8月29日に行われた旧ソ連最初の原爆実験の際に、セミパラチンスク核実験場の北東方向に位置するアルタイ地方がどのような放射線量であったかを示したものです。この図からもわかるように、これまで秘密にされていた核爆発実験関係のデータが次第に公表されているのは間違いないようです。


図7はセミパラチンスク核実験場の図です。セミパラチンスク核実験場は1万8500平方キロメートルの面積を有し、しばしば四国の面積(1万8300平方キロメートル)に匹敵するといわれている広大な実験場です。この核実験場から、核爆発実験の際に放射性物質がどのように風で流れていったのかを表した図であります。こういった図も公表されているようです。

図8は、実線がロシア全体の発癌率が1950〜90年までの間にどう増えていったか、黒い菱形状の観察データを実線で結んだ方はロシアの中のアルタイ地方だけの発癌率の変化を示したものです。ラリサ・チュリロワさんの報告によれば、50年代に行われた大気圏内核爆発実験の影響によって、アルタイ地方は発癌率の非常に低い地方では、10年くらいの潜伏期を経て60年代中頃にアルタイ地方の発癌率が急増し、ロシア全体の発癌率に匹敵するほどになってしまったといいます。もっとも、アルタイ地方の発癌率が増えた原因は必ずしも核爆発実験だけではなく、喫煙、環境破壊、冬季における新鮮な野菜の不足など、いろいろとあるようです。

§6 おわりに

大変にまとまりの悪い話になってしまいましたが、広島・長崎の被爆者については、批判があると思いますけれども放射線影響研究所などの長年の努力によって、決して十分だとは思いませんがかなりのことがわかってきていると思います。これに対して、核実験被害の方は国家が放置と隠蔽の政策を採り続けてきたために、その実相を明らかにすることはなかなか困難な状況にあります。原発事故の被害、核実験被害、原爆被害の共通点はあるにしても、これらはみんな別物であると私は思っています。別物であるということを前提に、それぞれの実相が明らかになるような調査をし、対策を立てなければならないと思います。ご静聴ありがとうございました。

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