1947. 1. 1
[昭和22年] |
米・マンハッタン工兵管区より原子力委員会へ引継ぎ
(原子力の国家管理,オッペンハイマーは一般諮問委員会の委員長に選出) |
| 1947. 2 |
米・ヘンリー・スチムソン 『原爆は 100万人の命を救った』と表明
(ハーパーズ・マガジン,「原爆投下の決定」,米国内の道義的批判をかわすためにジェームス・コナントが依頼,100万人の根拠は特になく話の成り行きであった,その後原爆神話に発展,1947.5
リーダーズダイジェスト日本語版に転載) |
| 1947. 3.12 |
米・トルーマンドクトリン発表
(戦争には勝ったものの財政破綻寸前のイギリスがギリシャ・トルコの軍事支援の肩代わりをアメリカに要請したことに反応,実質的な冷戦の宣戦布告) |
| 1947. 5.12 |
米・ケベック協定を議会に公開
(ベルギー領コンゴ産ウランの 1/2 の所有権,原爆使用に関するイギリスの拒否権,広島・長崎の場合も事前に承認を得ている) |
| 1947. 6. 5 |
米・マーシャルプラン提案
(ハーヴァード大卒業式,ヨーロッパへの支援) |
| 1947. 9.28 |
ソ・KGBフェクリソフ少佐 英国でクラウス・フックスに接触
(アメリカで入手できなかったプルトニウムの生産技術情報を渡す,1949 まで 3,4ヶ月毎に接触) |
| 1947.10 |
米・原爆の必要量を 150個と算定
(戦後の原爆生産体制は整っていなかった) |
| 1947.12.15 |
ロンドンの外相会議決裂
(ドイツの将来案,イギリス外相アーネスト・ベヴィンがジョージ・マーシャルに西ヨーロッパ同盟を提案) |
| 1947 |
米・オッペンハイマー 『物理学者は罪を知った』『自分の手は血で汚れている』と表明
(広島の 3ヶ月後にトルーマン大統領と握手した時に語る) |
| 1947 |
米・レオ・シラード 生物学へ転向 |
| 1947 |
米・原爆備蓄数は 56個
(プルトニウム中実コア 9個,複合中実コア 36個,浮遊型複合コア 3個,イニシエーター 50個,部品 104個分,アルミニウム推進コア
63個,リトルボーイ 10個,原爆投下用 B-29 35機,爆撃機クルー 30組) |
1948. 1. 7
[昭和23年] |
米英・暫定協定締結
(イギリス備蓄のウラン鉱石の 2/3をアメリカに送り,今後 2年はベルギー領コンゴ産ウランをアメリカが入手) |
| 1948. 1.24 |
米・184インチ・サイクロトロンの所有権をカリフォルニア大へ返却
(戦争中の政府の建設費用を大学が支払う,中間子の発見へ貢献) |
| 1948. 2.29 |
米・グローヴス退役 |
| 1948. 3.20 |
ソ・ベルリンへの鉄道輸送妨害を始める
(米軍は核戦争を想定したが,原爆組立チームは核実験準備で不在,ソ連との直接対決を避け空輸作戦を展開,4月半ばまで続く) |
| 1948. 3 |
ソ・プルトニウム生産炉組立開始
(チャリャビンスク 40,強制収容所の囚人を動員,水冷式) |
| 1948. 4. 3 |
米・マーシャルプラン立法化 |
| 1948. 4.15 |
米・核実験実施
(エニウェトック環礁,「サンドストーン」実験,「Xレイ」:浮遊式複合コア,37Kt,1948.5.1 第 2回実験,「ヨーク」:浮遊式複合コア,49Kt,広島の
4倍,1948.5.15 第3回実験,「ゼブラ」:ウランの浮遊式コア,18Kt,中空コアは中実コアの 1/2,リトルボーイの 1/10
の核物質を使用,核兵器数倍増が可能) |
| 1948. 5.17 |
国連・原子力国際管理案(バルーク案)行詰まる |
| 1948. 5.24 |
米・西ドイツ政府樹立(再武装)を決定 |
| 1948. 6. 7 |
ソ・プルトニウム生産炉完成
(チャリャビンスク 40,1948.6.22 10万Kw達成,まもなくウラン燃料棒が膨脹して動かなくなる事故発生,燃料導管の再設計,生産炉は年末まで停止)[核関連事故] |
| 1948. 6.24 |
ソ・ベルリン封鎖
(西側通貨改革と同日,西側は大空輸作戦で対応,1948.7末ウィリアム・タナーが司令官に着任し空輸が流れに乗る,平均 5000t/日,1949.5
鉄道輸送再開) |
| 1948. 6 |
ソ・アンドレイ・サハロフ(27才)を水爆研究に抜擢
(セミョーン・ベレニキー,ヴィタリ・ギンスブルグ,ユーリ・ロマノフも参加,1949 サロフのユーリ・ハリトンのもとへ) |
| 1948. 6 |
米・FBIが戦時中のソ連の暗号電報を解読
(1944 フィンランドでソ連の暗号帖が発見されアメリカが購入,暗号帖は同盟国のソ連に返却されたがコピーが存在した,1945.5
ソ連は暗号を変更したが 1944,1945 の電文には有効,スパイ情報の存在が浮び上がる) |
| 1948. 8.25 |
世界知識人会議開催(ポーランド)
(科学の軍事利用の反対,核戦争の危険性を警告) |
| 1948. 8.25 |
ソ・プラハ占領 |
| 1948. 8 |
大韓民国 建国
(1948. 9 朝鮮民主主義人民共和国 建国) |
| 1948.10.19 |
米・カーチス・ルメイ将軍 戦略空軍の司令官に着任
(戦略空軍の立て直し,戦争計画を立案し予算確保) |
| 1948.12 |
ソ・再処理工場稼働開始
(チャリャビンスク 40,プルトニウムの小爆発,放射能被ばく事故発生) |
| 1948 |
ソ・水爆の新たなアイデア提案
[アンドレイ・サハロフ/ギンスブルク]
(ウランと重水素化リチウムの交互層を爆縮,スロイカ型水爆,テラーの「目覚まし時計」と同アイディア,重水素化リチウムはギンスブルクの考案) |
1949. 2.27
[昭和24年] |
ソ・最初の硝酸プルトニウム溶液を精製施設に搬入 |
| 1949. 5 |
ソ・プルトニウムの備蓄 10kgに達する |
| 1949. 5 |
ソ・クルチャトフ セミパラチンスクへ |
| 1949. 8.29 |
ソ・原爆実験成功
[ユーリー・ハリトン]
(セミパラチンスク,プルトニウム爆縮型,「ジョー 1号」・ジョーじいさん=スターリン,スパイ情報を基に製造,30mのタワー上,悪天候により
1時間延期,20Kt) |
| 1949. 9. 3 |
米・空軍気象偵察機(WB-29)カムチャッカ上空で放射能を感知 |
| 1949. 9.19 |
米・国家安全保障会議 トルーマン大統領にソ連原爆実験の公表を進言 |
| 1949. 9.22 |
米・FBI クラウス・フックスに対するスパイ捜査開始
(解読された暗号電文中の論文著者はフックスであった,押収されたゲシュタポ文書にフックスはドイツ共産党員と記載されていた,イーゴリ・グーセンコが暴露したスパイの持つ住所録にフックスが載っていた) |
| 1949. 9.23 |
米・トルーマン大統領 ソ連の原爆実験を公表 |
| 1949. 9.29 |
米・熱核兵器の可能性に関する聴聞会開催
(重水素とトリチウムで強化された爆縮式ブースター爆弾を進行中,熱核爆弾へのステップ) |
| 1949. 9 |
米・エドワード・テラー ロスアラモスへ復帰 |
| 1949.10. 1 |
中華人民共和国 建国 |
| 1949.10 |
米・ディーン・アチソン長官 ウランとプルトニウムの増産を承認 |
| 1949.10 |
米・「スーパー」開発への根回し
[アーネスト・ローレンス/ルイス・アルヴァレ]
(トリチウム生産用重水炉,軍部への働きかけ) |
| 1949.10.30 |
米・一般諮問委員会(GAC)で水爆開発反対を勧告
[オッペンハイマー/ジョン・マンリー]
(水爆の突貫生産計画の是非から議論が始る,大量虐殺兵器の認識,ラビ/フェルミは水爆は新しい軍備縮小に役立つと反論,トリチウム生産も勧告) |
| 1949.11.29 |
米・ルイス・ストラウス 水爆開発をトルーマン大統領に勧告 |
| 1949 |
米・核兵器の備蓄は約 200発 |
1950. 1.24
[昭和25年] |
英・クラウス・フックス スパイ行為を自白
(非合法証拠のため自白が必要,前日イギリス版刑事コロンボとも言えるウィリアム・スカードンに虚を衝かれる) |
| 1950. 1.31 |
米・トルーマン大統領 水爆開発決定(トルーマン声明) |
| 1950. 2.13 |
米・ B-36 爆撃機 核兵器を投棄
(カナダ沖太平洋上で故障, 3,000m上空から投棄,高性能火薬爆発)[核関連事故] |
| 1950. 2.14 |
中ソ友好同盟相互援助条約締結
(利用できるあらゆる手段を持って援助する,原爆も含まれる) |
| 1950. 3. 1 |
英・クラウス・フックスに禁固 14年の判決
(反逆罪は適用されなかった,1959 釈放後は東独原子力究所副所長) |
| 1950. 4. 8 |
ソ・米海軍の長距離哨戒爆撃機 PB4Y-2 撃墜
(電子情報収集,10人死亡) |
| 1950. 4.11 |
米・ B-29 爆撃機(核兵器搭載)山に激突
(ニューメキシコ州マンザノ基地,高性能火薬爆発,核物質は搭載されていたが未挿入,乗員 13名死亡)[核関連事故] |
| 1950. 4.18 |
米・ソ連の核融合情報がロスアラモスへ届く
(ソ連抑留から開放されたオーストリアの科学者からの情報,自宅軟禁状態のピョートル・カピッツァが強力な磁場で重水素を圧縮する実験を行っている,圧縮して点火のアイディア) |
| 1950. 4 |
米・『クラシカル・スーパー』は失敗である事が判明
[スタニスロウ・ウーラム/コルネリアス・エヴァレット]
(原爆の火球の高熱により点火予定,思ったより冷却が速い,新計算機 MANIAC が未完成なので手計算で行う) |
| 1950. 5.22 |
米・ハリー・ゴールド スパイ活動を自供
(当時テラーもスパイと疑われていたが,ゴールドがグリーングラスを供述) |
| 1950. 6.16 |
米・グリーングラス夫妻逮捕
(1959.7.17 ローゼンバーグ夫妻逮捕) |
| 1950. 6.16 |
米・「スーパー」の再計算も点火に否定的
[スタニスロウ・ウーラム/コルネリアス・エヴァレット] |
| 1950. 6.25 |
朝鮮戦争勃発 |
| 1950. 6.30 |
米・朝鮮戦争参戦
(戦略空軍カーチス・ルメイ将軍は原爆搭載機出動を申し出たが避けられた) |
| 1950. 6 |
米・新計算機 MANIAC の核開発研究への使用開始
(ウーラム/エヴァレットを裏付け,1945.11 大砲の弾道計算用として完成,真空管 18,800本,140KW,30トン) |
| 1950. 7.13 |
米・ B-50 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(オハイオ州,高性能火薬爆発,核物質未搭載,乗員 16名死亡)[核関連事故] |
| 1950. 8. 1 |
米・核攻撃特殊任務部隊 10機をグアムに派遣すると決定
(1950.9.30 核攻撃は排除され航空機は帰還,原爆はグアムに残る) |
| 1950. 8. 5 |
米・ B-29 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(カリフォルニア州フェアフィールド基地を離陸後,高性能火薬爆発,グアム派遣機,12名死亡,この事故のため計 9個の原爆がグアムに送られた)[核関連事故] |
| 1950.10.19 |
中・朝鮮戦争参戦
(ソ連は上空支援及び後方支援として中国の都市へ進駐) |
| 1950.10.26 |
米・「グリーンハウス」実験の設計仕様決定
(「ブースター」:重水素とトリチウムのガスを封入したコアを爆縮,「シリンダー」:重水素とトリチウムを原爆の外に置き軟X線で加熱) |
| 1950.11.10 |
米・ B-50 爆撃機 核兵器を投棄
(米国外の海上で緊急事態,核物質を抜き 3,000m上空から投棄,高性能火薬爆発)[核関連事故] |
| 1950.12 |
米・「ハイドロダイナミック・レンジング」構想
[スタニスロウ・ウーラム]
(原爆爆発の中性子流の衝撃波を利用した 2次原爆の効率的圧縮法,多段システム,水爆への応用) |
| 1950 |
独・『乾燥水爆』を提案
[ウルリヒ・イェッター]
(重水素化リチウム 6Li+n → T+ 4He,T+D → 4He+n 三重水素の半減期は 12.3年) |
| 1950 |
米・レッドストーン・ロケット開発開始
[フォン・ブラウン]
(地対地弾道弾,核弾頭運搬用,液体酸素+アルコール) |
| 1950 |
原爆備蓄量 ソ連・5発,アメリカ・298発 |
1951. 2. 4
[昭和26年] |
米・『テラー/ウーラムのコンフィギュレーション』
[スタニスロウ・ウーラム/エドワード・テラー]
(核分裂火球の初期展開の調査より,X線は衝撃波より速く光速で進む,水素燃料周囲のポリエチレンを瞬時に加熱爆発させて爆縮し重水素やトリチウムに着火,放射線爆縮の着想) |
| 1951. 4. 4 |
米・水爆の新概念を着想
[エドワード・テラー]
(水素燃料にプルトニウムコアを設ける,爆縮でプルトニウムにも着火) |
| 1951. 4. 5 |
米・ローゼンバーグ夫妻 死刑判決
(1953.6.18 死刑執行,1951.4.6 ディヴィッド・グリーングラスは 15年,1950.12 ハリー・ゴールドは
30年) |
| 1951. 4. 5 |
国連軍・大々的攻撃を受けた場合原爆反撃を指令
(ソ連爆撃機 200機が満州に展開,1951.4.6 核カプセル 9個は空軍へ移管,1951.4.11 原爆使用に反対するマッカーサーは解任) |
| 1951. 5. 9 |
米・核実験実施
(エニウェトック環礁,「グリーンハウス」 #3実験,「シリンダー」:225Kt,重水素+トリチウムによる反応を検出,1951.5.25
「ブースター」:ウランコアと重水素+トリチウムガス,45.5Kt,重水素+トリチウムの効果あり) |
| 1951. 5 |
米・水爆基本モデル『ニュー・スーパー』決定
[エドワード・テラー/フレデリック・ホフマン]
(1951.4.8 より行われたグリーンハウス実験の #4実験で確認,エニウェトク環礁) |
| 1951. 6.16 |
米・一般諮問委員会の兵器小委員開催
(「グリーンハウス」実験報告,H兵器の可能性) |
| 1951. 9.24 |
米・エドワード・テラー ロスアラモスを辞任
(1951.9.17 ノリス・ブラッドベリー所長はマーシャル・ホロウェーを熱核の責任者に任命) |
| 1951. 9.24 |
ソ・核実験実施
(セミパラチンスク,ウラン爆縮型,「ジョー 2号」,ジョー 1号の半分の半径ながら 2倍の威力,1951.10.18 複合コアの「ジョー
3号」を空中投下,独自技術による開発) |
| 1951.10. 5 |
米・パンダ委員会 熱核燃料に液体重水素を採用
(重水素化リチウム,重水素化アンモニウムも検討された,冷却装置が必要ではあるが単純な材料が選ばれた) |
| 1951.10 |
米・ディーン委員会核兵器の増強計画を決定 |
1952. 2
[昭和27年] |
米・ヴィスタ報告をAECに提出
[ロバート・オッペンハイマー]他
(水爆開発より戦術核改良を提案,戦略空軍を否定) |
| 1952. 6 |
米・ローレンス・リバモア研究所認可
[ハーバード・ヨーク(所長代理)/エドワード・テラー]
(2つの研究所による競争効果,ロスアラモスは「マイク」を製造) |
| 1952. 8. 6 |
日・原爆犠牲者慰霊碑序幕式
(広島,『安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから』) |
| 1952. 8 |
米・「マイク」装置をエニウェトック環礁へ発送 |
| 1952.10. 3 |
英・原爆実験成功
(モンテベロ島,フリゲート艦「プリム」から海中に釣下げて爆発,フリゲート艦消失,25Kt) |
| 1952.10 |
米・「マイク」装置のプライマリーコアを交換
(コアの早期爆発が心配され,ウラン比率の高い複合コアに変更) |
| 1952.11. 1 |
米・水爆基礎実験成功
[リチャード・ガーウィン]他
(エニウェトク環礁,マイク・ショット,10.4MT,広島原爆の 700倍,液体重水素,大型冷却装置付き,65トン,エルゲラブ島消失,先端にトリチウムを含むプルトニウムの点火コア,液体重水素用ステンレス製デュワー瓶,熱反射のために内面を金箔で張られたウランタンパー,鉛の内張りに銅釘で止められたプラズマ発生源としてのポリエチレン層,92個の起爆装置と爆薬レンズなしのプライマリー原爆,テラーはカリフォルニア大の地震計により実験成功の瞬間を知りロスアラモスへ打電『男子誕生』,新元素発見
99番:アインシュタイニウム,100番:フェルミウム) |
| 1952.11 |
米・スーパー・オラロイ爆弾実験
[オセドア・テーラー]
(エニウェトク環礁,メガトン級原爆,熱核装置実験失敗に備えた大型核分裂爆弾) |
1953. 2
[昭和28年] |
米・空軍 ICBM 開発計画決定
(アトラス・ロケット,3000ポンドの弾頭,命中率の低さを強大な破壊力でカバー) |
| 1953. 3. 2 |
ソ・ヨゼフ・スターリン死亡(73才) |
| 1953. 4 |
米・アイゼンハワー大統領 赤狩り令発令
(マッカーシズム) |
| 1953. 6.26 |
ソ・ラヴレンチー・ベリヤ逮捕
(1953.12 裁判後銃殺,マレンコフ首相はヴェチェスラフ・マールィシェフを原爆計画の責任者に任命) |
| 1953. 7 |
米・ロバート・オッペンハイマー 『瓶の中の2匹のさそり』論文発表
(フォーリン・アフェアズ誌) |
| 1953. 7 |
朝鮮戦争 休戦協定 |
| 1953. 8. 8 |
ソ・マレンコフ演説
(演説の最後に,アメリカはもはや水爆の生産に関しても独占的な地位にいないと言明) |
| 1953. 8.12 |
ソ・初期型水爆実験成功
(セミパラチンスク実験場,重水素化リチウムとウランのサンドイッチ構造,スロイカ型,400Kt,「ジョー 4号」,ハンス・ベーテは放射性降下物の分析より本当の水爆ではないと結論) |
| 1953.11 |
ソ・ICBM 開発決定 |
1954. 1.21
[昭和29年] |
米・原子力潜水艦進水
(ノーチラス号,加圧水型原子炉,リコーバー大佐) |
| 1954. 3. 1 |
米・乾燥水爆の実験成功
(ビキニ環礁,「ブラヴォー・ショット」,15MT,重水素化リチウム,予想外の威力,リチウム7の核融合反応を見落していた,爆撃機への搭載が可能となる,ビキニ環礁では計67回の核実験を実施,第五福竜丸被爆事件,160Km東方,死の灰,久保山愛吉さん被ばく死亡) |
| 1954. 4.12 |
米・オッペンハイマー事件発生
(1954.6.29 スパイ疑惑によりオッペンハイマーは機密文書閲覧資格を剥奪される,水爆開発を遅らせたとのテラーの証言が効く) |
| 1954. 5. 8 |
米・B-47 ソ連領空侵犯
(ミグ17 の迎撃を受け被弾し燃料漏れを起すがイギリスの基地へ帰還,ソ連の防空能力?) |
| 1954.11. 3 |
日・『ゴジラ』上映
(ビキニ水爆により太古の眠りを覚ますという設定) |
1955. 8. 6
[昭和30年] |
日・第 1回原水爆禁止世界大会開催
(広島) |
| 1955 |
ソ・ジュネーブ 4ヶ国外相会議で核実験禁止を提案 |
| 1955.11. 6 |
ソ・スロイカ型水爆実験
(新システムが失敗した場合の予備実験) |
| 1955.11.22 |
ソ・水爆実験に成功
(3000m上空で爆発,Tu-16 爆撃機より投下,1.6MT,放射線爆縮型) |
| 1955 |
核兵器備蓄 米: 2,422個 |
1956. 3.10
[昭和31年] |
米・ B-47 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(地中海上空,空中給油に失敗)[核関連事故] |
| 1956. 7.27 |
米・ B-47 爆撃機が英国空軍基地の核兵器収納庫に墜落
(サフォーク州レイカンヒース空軍基地,長崎型核爆弾 3発類焼) |
| 1956. 8 |
米・原子力潜水艦「シーウルフ号」ナトリウム漏れ事故発生
(コネティカット州グロトンの造船所,潜水艦用動力源としてナトリウム炉も検討されていたが 1959.4 取外されて大西洋に捨てられた) |
1957. 4
[昭和32年] |
ソ・ウラルの核惨事発生
(キシュチュム軍事核施設,核廃棄物の爆発)[核関連事故] |
| 1957. 5.15 |
英・水爆実験成功
(クリスマス島) |
| 1957. 5.22 |
米・ B-36 爆撃機 核兵器を誤投下
(ニューメキシコ州カートランド基地近郊,高性能火薬爆発,放射能汚染)[核関連事故] |
| 1957. 6.24 |
米・『きれいな水爆』を提案
[エドワード・テラー/ルイス・ストラウス]
(ベリリウムタンパーを使用,3次爆発用ウラン238 を使用しない,三重水素の使用,小形化による戦術核兵器への発展) |
| 1957. 7.28 |
米・ C-124 輸送機 核兵器を投棄
(大西洋上でエンジン故障,核兵器の輸送中,2個,核兵器は発見できず)[核関連事故] |
| 1957. 9 |
米・地下核実験実施
(ネバダ実験場,デービッド・グリッグスが核爆発による人工地震を提案したことからテラーが発案) |
| 1957.10. 4 |
ソ・スプートニク 1号打上げ
( 96分で地球一周,T3・ロケット,液体酸素+液体水素,強制収容所から釈放されたピョートル・カピッツァが水素エンジンを開発) |
| 1957.10.10 |
英・ウインドスケール(セラフイールドと改名)原発事故。コールダーホール型核兵器用プルトニウム生産原子炉で過熱、火災発生。消火に失敗し、注水して鎮火。大量の放射能を含んだ水蒸気が英国を覆った。原子炉メルトダウンの危険視に最も近い事故。長期にわたり隠蔽され、現在もまだ完全な詳細は不明。事故イメージを消すために改名。[核関連事故] |
| 1957.10.11 |
米・ B-47 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(フロリダ州,離陸中にパンクし炎上,高性能火薬爆発)[核関連事故] |
| 1957.11. 3 |
ソ・スプートニク 2号打上げ
(ライカ犬を搭載,犬は発射時に高熱で死亡,別の犬が発表に使用された) |
| 1957.12. 5 |
ソ・原子力砕氷船進水
(レーニン号,1960年代に炉心溶融事故を含む 4つの放射能事故報告,1989 CIA文書で発表) |
| 1957.12.12 |
米・ B-52 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(ワシントン州フェアチャイルド基地,離陸直後)[核関連事故] |
| 1957 |
ライナス・ポーリング 核実験禁止を呼掛け
(『きれいな水爆』は有り得ない,核実験禁止を求める科学者の国際的署名運動,9235名,1954 ノーベル化学賞授賞,1962
ノーベル平和賞授賞) |
| 1957 |
米・ソー・ロケット完成
(空軍の IRBM,液体酸素+ケロシン) |
1958. 1.31
[昭和33年] |
米・エクスプローラ 1号打上げ
[フォン・ブラウン]他
(衛星本体 14Kg,ジュピターC・ロケット,液体酸素+ケロシン,ジュピターは陸軍の IRBM,バン・アレン帯発見) |
| 1958. 1.31 |
米・ B-47 爆撃機(核兵器搭載)炎上
(海外基地,緊急離陸訓練中滑走路で事故,7時間炎上,高性能火薬爆発せず)[核関連事故] |
| 1958. 2. 5 |
米・ B-47 爆撃機 核兵器を投棄
(ジョージア州ハンター基地上空で空中接触事故,着陸不能となり 2,400mより海中投棄,核兵器は発見できず)[核関連事故] |
| 1958. 3.11 |
米・ B-47 爆撃機 核兵器を誤投下
(サウスカロライナ州フロレンスの民家,高性能火薬爆発,事故後数ヶ月放射能汚染の検査が行われる)[核関連事故] |
| 1958. 3 |
ソ・核実験を一方的に停止 |
| 1958. 4 |
米・アイゼンハワー大統領 核実験禁止科学諮問委員会開催
(地下核実験の検証は可能,空洞実験は検証不可) |
| 1958. 5 |
米・『きれいな水爆』核実験
(エニウェトク環礁,起暴原爆の小型効率化) |
| 1958. 8 |
米・核実験を停止 |
| 1958.11. 4 |
米・ B-47 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(テキサス州ダイヤーズ基地,離陸直後に炎上,核兵器 1個,高性能火薬爆発)[核関連事故] |
| 1958.11.26 |
米・ B-47 爆撃機(核兵器搭載)炎上
(ルイジアナ州シェノート基地,核兵器 1個炎上)[核関連事故] |
| 1958.12 |
米・アトラス・ロケット完成
(ステンレス・スチールの極薄タンク,液体酸素+ケロシン) |
| 1958 |
米・サミュエル・コーエン 中性子爆弾構想発表
(大気圏外での弾道弾迎撃用弾頭として計画) |
| 1958 |
米・ポラリス・ロケット完成
(SLBM,ポリウレタン系固体燃料,1960.7.20 原子力潜水艦「ジョージ・ワシントン号」よりの水中発射実験成功,その後ポセイドン/トライデント/ミニットマンへ発展) |
1959. 1.18
[昭和34年] |
米・ F-100 戦闘機(核兵器搭載)炎上
(太平洋上の基地,左翼に核兵器が吊るされていた)[核関連事故] |
| 1959. 7. 6 |
米・ C-124 輸送機(核兵器搭載)墜落
(ルイジアナ州バークスディール基地,離陸直後墜落炎上,高性能火薬爆発せず)[核関連事故] |
| 1959. 8.15 |
米・原子力潜水艦「ノーチラス号」冷却システム破損
(水深 120mで作戦中,直径 10cmのパイプ,緊急浮上,2時間で修理,1954 の就航以来原子炉周辺で 24回の事故発生)[核関連事故] |
| 1959. 9.25 |
米・ P5M 対潜哨戒機(核兵器搭載)不時着
(ワシントン州ピュージェット湾ウイットピー島沖,対潜核爆雷 1個を紛失)[核関連事故] |
| 1959.10.15 |
米・ B-52 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(ケンタッキー州ハーディンスバーグ上空,KC-135 空中給油機と衝突,核兵器 2個は回収された)[核関連事故] |
| 1959 |
米・ICBM を配備
(アトラス・ロケット) |
| 1959 |
米・ABM 開発
(ナイキ・ジュース,5Mt級核弾頭,自分の頭上での核爆発が宿命) |
| 1959 |
核兵器備蓄 ソ: 1,050個 |
1960. 2
[昭和35年] |
米・アイゼンハワー大統領 部分的核実験禁止条約を提案
(地下核実験は除く) |
| 1960. 2.13 |
仏・原爆実験成功
(サハラ砂漠,プルトニウム爆縮型) |
| 1960. 5 |
ソ・U-2 偵察機を撃墜
(ウラル山中,フランシス・ゲリー・パワーズ飛行士,偵察衛星が出来るまで領空侵犯偵察飛行が続き 20機以上が撃墜された) |
| 1960. 6. 7 |
米・戦略ミサイル・ボマーク(核弾頭搭載)炎上
(ニュージャージー州マク・ガイヤー基地,高性能火薬爆発せず,放射能汚染,電磁波による発火装置の誤動作説が有力)[核関連事故] |
| 1960. 9.14 |
米・ B-47 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(アイルランド付近の大西洋上,2機が空中衝突)[核関連事故] |
| 1960.11.28 |
米・原子力潜水艦「ノーチラス号」冷却材漏洩
(ニュー・ハンプシャ州ポーツマス造船所,6名被ばく?)[核関連事故] |
| 1960.12. 3 |
米・タイタン(ICBM)地下サイロで爆発
(カリフォルニア州バンデンバーグ基地,液体燃料補給中) |
1961. 1. 3
[昭和36年] |
米・原子炉爆発事故
(アイダホ州アイダホ・フォール付近,政府原子力委員会原子炉実験所,軍人 3名死亡,炉心の 20%溶融) |
| 1961. 1.19 |
米・ B-52 爆撃機(核兵器搭載)空中爆発
(ユタ州モンティセロ上空)[核関連事故] |
| 1961. 1.24 |
米・ B-52 爆撃機(核兵器搭載)空中分解
(ノースカロライナ州ゴールズボロ上空,墜落直前投下,24Mt 2個,1個の核兵器は 6重の安全装置の最後の 1個で危険を免れる,その後暗号電波による電子ロックが追加される)[核関連事故] |
| 1961. 3.14 |
米・ B-52 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(カリフォルニア州ユバ上空,2個の核兵器は落下時に機体から外れたが爆発せず)[核関連事故] |
| 1961. 4.12 |
ソ・ボストーク 1号打上げ
[ユーリー・ガガーリン]
(地球 1周,108分,T4・ロケット,『地球は青かった,しかし神はいなかった』,1961.3.23 人形を乗せた無人機打上げ成功) |
| 1961. 5. 5 |
米・マーキュリー宇宙船打上げ
[アラン・シェパード]
(レッドストーン・ロケット,弾道軌道,『フリーダム7』) |
| 1961. 7. 4 |
ソ・原子力潜水艦進水
(初航海で炉心溶融事故発生が 1990 に発覚,他に 1968.5.24, 1979.7, 1985.8 同様の炉心溶融事故報告あり,グリーンピース報告書)[核関連事故] |
| 1961. 8 |
ソ・核実験再開
(1961.10.30 史上最高の 56Mt水爆実験,60日間に 50回の大気圏内核実験実施) |
| 1961 |
米・ケネディ大統領 核実験について原子力委員会に諮問
(米国: 2万3200発保有,ソ連:2450発保有,シーボーグ委員長は核実験全面禁止を支持していたがケネディ大統領の意向によりソ連より小規模で少ない回数の核実験計画を答申) |
| 1961. 9.15 |
米・核実験再開
(半年間に 20回の地下核実験,20Kt以下) |
| 1961 |
米・タイタンU開発
(20Mt弾頭,2段式ロケット,4酸化窒素+非対称ジメチルヒドラジンによるハイパゴリック推進剤,速射型 ICBM) |
| 1961 |
核兵器備蓄 米: 18,638個,ソ: 3100個 |
1962
[昭和37年] |
米・原子炉級プルトニウムによる核爆発実験
(爆発したが威力は低い,プルトニウム240 による早期爆発) |
| 1962. 5. 6 |
米・核弾頭付き SLBM 発射実験
(クリスマス島,原潜イーサン・アレンより,ポラリス A-2) |
| 1962. 7. 8 |
米・高高度核実験
(ジョンストン島,高度 400Km,ソア・ロケット,1.4Mt水爆,『オアフ大停電』発生,電離層に核爆発のX線やγ線が当たって発生するパルス電磁波による誤動作のため,核爆発は味方の通信システム/
レーダーシステムにも悪影響を与える,使用出来ない兵器の認識) |
| 1962.10.22 |
キューバ危機勃発
(1962.10.14 U-2偵察機が /基地を発見,ケネディ大統領のテレビ演説中に 4個の核兵器を搭載した爆撃機 54機が発進,24時間空中待機の
12機と合流,ポラリス潜水艦出港,136機のアトラス,タイタンが発射準備,配備準備中のミニットマンTも実戦待機となったが偶発的誤動作が起り得る状態であった,カーチス・ルメイ将軍は第
3次世界大戦体制を用意,当時キューバには 20機の R-12 ミサイルと核弾頭,9機の戦術核ミサイルが存在した) |
| 1962.10.26 |
米・ICBM アトラス発射実験
(ヴァンデンバーグ空軍基地から太平洋を越えてクワジェリン実験区域へ,意図的な挑発) |
| 1962 |
核兵器備蓄 米: 27,100個 |
1963. 4.10
[昭和38年] |
米・原子力潜水艦「スレッシャー号」沈没
(ボストン東方 350Km,25,000m の海底で発見,オーバーホール後の潜航試験中,復水器用海水取入れパイプが破損し電気回路が故障し制御不能となり破壊深度に達する,129名死亡,1961,11.2
補助エンジン故障で全員待避が行なわれている)[核関連事故] |
| 1963. 8. 5 |
部分的核実験停止条約(PTBT)成立
(地下核実験は検証手段がないので除く) |
| 1963.11.13 |
米・核兵器貯蔵庫で高性能火薬 56トン爆発
(テキサス州メディナ基地,放射性物質散乱)[核関連事故] |
| 1963.12. 2 |
米・ロバート・オッペンハイマー エンリコ・フェルミ賞受賞
(名誉回復,ケネディ大統領/ジョンソン大統領) |
1964. 1.13
[昭和39年] |
米・ B-52 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(メリーランド州アパラチア山脈カバーランド,核兵器 2個は無傷で回収)[核関連事故] |
| 1964. 9. 5 |
『原爆はこうしてつくられた』日本語版刊行
[レスリー・グローヴス] |
| 1964.10.16 |
中・原爆実験成功
(ロプノール実験場,ウラン型原爆) |
| 1964.12. 5 |
サ米・ミニットマン(ICBM)の再突入体(核兵器搭載)落下
(サウスダコタ州ミサイル基地,再突入体の逆推進ロケットが発火しサイロ内の 22m下に落下)[核関連事故] |
| 1964.12. 8 |
米・ B-58 爆撃機(核兵器搭載)炎上
(インディアナ州バンカーヒル基地,戦略空軍指令センター付近の滑走路上,核兵器 5発の 1部が炎上,放射能汚染発生)[核関連事故] |
| 1964 |
ソ・ABM を公表
(赤の広場の軍事パレード,数メガトン級) |
1965. 2. 7
[昭和40年] |
ベトナム北爆開始 |
| 1965. 3.23 |
米・ジェミニ 3号打上げ
[バージル・グリソム/ジョン・ヤング]
(タイタンVA,3段ロケット,地球 3周) |
| 1965. 8.10 |
米・タイタンU(ICBM)発射台爆発
(アーカンサス州リトルロック基地,53名死亡) |
| 1965.10.11 |
米・ C-124 輸送機(核兵器搭載)炎上
(オハイオ州ライト・パターソン基地,給油トレーラーから発火,放射能汚染発生)[核関連事故] |
| 1965.12. 5 |
米・水爆搭載艦載機(A-4E)水没事故
(沖永良部島東方 300Km,空母タイコンデロガのエレベーターより滑落)[核関連事故] |
| 1965 |
米・天然原子炉説発表
[黒田和夫]
(17億年前天然原子炉が存在した,アーカンソ大) |
1966. 1.17
[昭和41年] |
米・ B-52 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(スペインのパロマレス沖,空中給油機 KC-135 と衝突,25Mt,4個の内 2個の通常火薬が爆発,放射能汚染)[核関連事故] |
| 1966.12.12 |
米・ B-58 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(ケンタッキー州マッキニ付近,訓練飛行中)[核関連事故] |
| 1966 |
ソ・原子力砕氷船「レーニン号」メルトダウン事故発生
(多くの乗組員が大量被ばく,CIAは 27〜30名死亡と報告,1年間使用不能,3基の原子炉を交換)[核関連事故] |
1967. 2.14
[昭和42年] |
中南米・トラテルコ条約(非核地帯条約) ラテンアメリカおよびカリブ地域における核兵器禁止 核保有5ヶ国も付属議定書に加盟 |
1967. 6.17
|
中・水爆実験成功
(ロプノール実験場) |
| 1967.11 |
米・商業用核爆発実験「ガスバギー計画」実施
(26Kt 水爆による天然ガス採取) |
1968. 1.21
[昭和43年] |
米・ B-52 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(デンマーク領グリーンランドのツーレ米軍基地西方 11Kmの氷上,1.1Mt,4個,内 1個の高性能火薬爆発,プルトニウムが飛散,この事故後アメリカの「空中警戒態勢」は中止される,デンマーク政府は日本同様に非核政策を主張していたが日常的な空中警戒態勢を容認していた事実が
1996 に判明)[核関連事故] |
| 1968. 3 |
ソ・核ミサイル搭載原子力潜水艦「K-129」沈没
(ハワイ沖,水深 5,000m,ホテル 1級,98人死亡,米国原潜ソードフィッシュとの衝突?,ソードフィッシュは 6日後横須賀で潜望鏡を修理,1975
に米国は「グローマル・エクスプローラ計画」で引揚作業を行い核弾頭を押収)[核関連事故] |
| 1968. 5.21 |
米・原子力潜水艦「スコーピオン号」沈没
(大西洋アゾレス群島沖,99名死亡,原因不明,10月に海底 3,000mに発見)[核関連事故] |
| 1968. 5.24 |
ソ・原子力潜水艦「K-27」沈没
(バレンツ海,炉心溶融事故,9人死亡)[核関連事故] |
1968. 8.24
|
仏・水爆実験成功
(ファンガタウ環礁) |
| 1968 |
核拡散防止条約成立 |
1969. 1.14
[昭和44年] |
米・原子力空母「エンタープライズ号」火災
(ハワイ・オアフ島沖南西 120Km,艦載機が着艦時爆弾を落し爆発,11〜12回の誘爆,25名死亡)[核関連事故] |
| 1969. 6.12 |
日・原子力船「むつ」進水 |
| 1969. 7.20 |
米・アポロ 11号月面着陸
[ニール・アームストロング/マイケル・コリンズ/エドウィン・オルドリン]
(サターンX・ロケット,静かの海,LM :イーグル,CM :コロンビア,1961.5.25 マーキュリー宇宙船打上げ後ケネディ大統領が『我々は
60年代の終りまでに人類を月へ送りそして帰還させる』と演説) |
| 1969.11.17 |
米・原子力潜水艦「ガトー号」ソ連潜水艦と衝突
(白海入口,原子炉据付部で衝突,ガトー号将校はサブロックと 3発の小型核魚雷の発射用意を命令)[核関連事故] |
| 1969 |
米・アルブカーキ国立原子力博物館公開
(各種核爆弾模型等を展示) |
1970. 4.11
[昭和45年] |
ソ・原子力潜水艦「K-8」炎上沈没
(ビスケー湾沖,水深 2,500m,一旦待避した乗組員はモスクワよりの指示により帰艦,52名死亡)[核関連事故] |
| 1970.11.29 |
米・潜水艦母艦「カノバス号」(ポラリス・ミサイル積載)火災
(スコットランド・ホーリーロッホ港,原子力潜水艦 2隻接舷中)[核関連事故] |
1971
[昭和46年] |
米・ビッグ・バード偵察衛星打上げ
(KH-9,11トン,タイタンVD,分解能 15cm,フィルム回収型) |
| 1971 |
米・原子力潜水艦「ウッドロー・ウィルソン号」 メルトダウン寸前事故
(グアム島アブラ湾,冷却システムの急激な圧力低下)[核関連事故] |
| 1971 |
ソ・原子力潜水艦の原子炉(核燃料抜き) 2基をオホーツク海に投棄 |
1972. 5.29
[昭和47年] |
第 1次戦略兵器制限条約(SALT-T),ABM 制限条約成立
(米・ソ各々 100基の ABM を配置,ABM は使用できない兵器の認識) |
| 1972. 5 |
米・ベトナム戦争でテレビ誘導爆弾,レーザー誘導爆弾を使用
(鉄橋爆破,スマート爆弾,精密誘導兵器の出現) |
| 1972.12 |
ソ・原子力潜水艦搭載の核魚雷より放射能漏れ
(北米沿岸沖,数人死亡,乗員の大部分が発病)[核関連事故] |
| 1972 |
米・ABM 基地を閉鎖
(ノースダコタ州,グランド・フォークス) |
| 1972 |
米・通常弾頭型高性能魚雷配備
(水中核爆発がソナーのデーターベースを無効にするため,水中核は事実上使用出来ない兵器となる,1958以来配備の核魚雷と交代) |
1973
[昭和48年] |
『原爆は誰でも作れる』刊行
[ジョン・マックフィー]
(テッド・テイラーの恐るべき警告) |
| 1973 |
米・小型核弾頭(ミニ・ニュークス)開発
( 50t級/サブキロトン級,核兵器の通常兵器化) |
1974. 5.18
[昭和49年] |
印・原爆実験成功
(ラジャスタン州ポカラン,12Kt,プルトニウム爆縮型,The Buddha has smiled) |
| 1974. 5 |
米・原子力潜水艦「ピンタード号」 ソ連原子力潜水艦と潜航中に正面衝突
(ペトロパブロフスク付近)[核関連事故] |
| 1974.11. 3 |
米・原子力潜水艦「マジソン号」 ソ連原子力潜水艦と潜航中に衝突
(北海,マジソン号は 3mの損傷,両艦とも沈没寸前)[核関連事故] |
1975.10
[昭和50年] |
米・潜水艦母艦「プロチュース号」故障 原子力潜水艦の 1次冷却水を大量に放出
(グアム島アブラ湾,海水浴場付近の港では許容量の 50倍の放射能)[核関連事故] |
1976. 8.30
[昭和51年] |
米・核貯蔵所で爆発事故
(ワシントン州リッチランドのハンフォード核貯蔵所,1人負傷,10以上放射能汚染)[核関連事故] |
| 1976.10.25 |
ソ・原子力潜水艦爆発
(バルト海バルジスキー海軍基地,ゴルフU級,40名以上死亡)[核関連事故] |
1977. 6
[昭和52年] |
米・大学生がプルトニウム爆縮型原爆を設計
[ジョン・フィリプス]
(ジョン・マックフィーの本がきっかけ,論文は機密扱いとなる,パキスタンスパイ組織の接近,1980.12.10 『ホームメイド原爆』日本語版刊行) |
| 1977. 7.12 |
米・カーター大統領 放射線強化兵器(中性子爆弾)開発決定
(超小型水爆,1Kt級,三重水素の割合を増加) |
| 1977. 8.19 |
米・高濃縮ウランの横流しが発覚
(1965年頃,ペンシルバニア州の民間ウラン濃縮会社よりイスラエルへ,93Kg,CIAの追跡調査) |
1978. 5.22
[昭和53年] |
米・原子力潜水艦「バファー号」原子炉冷却材流出
(ワシントン州ブレマートンのピュージェット湾海軍造船所,燃料交換時 1次冷却水のバルブが誤って開かれ乾ドックに 500ガロンが流出)[核関連事故] |
| 1978. 8.24 |
米・タイタンUの地下サイロで燃料漏れ
(カンサス州コーネル・ミサイル基地,発射司令室の 4名死亡) |
1979. 3.28
[昭和54年] |
米・スリーマイル島原発事故発生
(炉心溶融)[核関連事故] |
| 1979. 6.18 |
第 2次戦略兵器制限条約(SALT-U)
(ソ連のアフガニスタン侵攻により批准に至らず) |
| 1979. 9.22 |
ソ・核実験探知衛星「ベラ」が南部アフリカ沖で核爆発の閃光を検出
(ワシントンへ通知,秘密核実験疑惑,隕石説として処理された) |
| 1979 |
米・デジタル偵察衛星打上げ
(KH-11,CCDカメラ,フィルム回収の必要なし) |