ベスト盤コメント
CHAKA/ Best Collection 「Gift」 11/20 リリース

 ベスト盤なんておこがましい。まだまだ新人のつもりだ。だけど、出る。ので、
選曲は周辺の人達に一応まかせた。気になることがあったら言おうと思った。で、
あんまり気になることもなかったから、スムーズに曲も決まった。マスタリング
しながら、気がついたことを書き留めておいたので、発表します。

「Huckleberry Friends」
 プレーヤーも多めでワサワサと楽しいレコーディングだった。思い出すのは、
後に弟の存在になった SkoopのTakeとの初対面。コーラスだけの参加だけど、
彼とは確かにこの時が初共演です。やたらおっきくて、元気のいいブラコン兄
ちゃんというイメージだった。でも声はとてもmellowで印象に残ってます。な
んか、テンポもヨレたりしてるし、可笑しいね。ポテポテしてて、ホーンセク
ションなんて、これこそ「いなたい」と呼ぶ見本だと思う。ベースでかすぎ!

「Friends or Lovers」
 風邪引いてたけど歌った。随所に出てくるフルート「どこからヒントを得た
と思う?」って松浦氏が嬉しそうに訊くので、「サザエさん!」って絶対の自
信を持って即答したら、ムッとした顔して心のシャッターを下ろしてしまった。
大はずれ間違いないことはすぐわかったけど、困ってしまった。Van McCoyとか
って嘘でも言うべきだったかな?そんな気のきく人間ではなかった、あの頃の
私。割とポップなアドリブを後半やってます、ウ〜ウ〜って。ひとつよろしく。
でも松浦さん!やっぱりヴォーカルレベル低いよ、歌聞こえへんやん?シンセ
ベースとティンバレスの為にヴォーカルがバッキングしてるって感じやね。

「レモンの勇気」
 PSY・S時代、松浦氏は私に directionしまくったけど、声を延ばすなという
のが(デビュー前も含めて)一番たくさん私に要求したポイントの一つです。
でも、私にとって幼少の頃から今日まで、ある意味では延ばすことに意義があ
ると思っているところがあるので、本当に辛かったのを思い出しました。「レ
モン色がうずいて」とか「何ひとつ」というフレーズを一息で歌わせてもらえ
ない苦悩。今では懐かしいけど、当時はそのことで自分を捨てるところまで行
ったから、本当に苦しかった。でも、その苦しみがあったから、私は今、ただ
歌えることそのものを無上の幸せと感じることが出来る。松浦氏にはその意味
で感謝しています。ギター、いまさ!久しぶりに聴く感じ。やっぱりいいです
ね。ロックです。
 歌入れは今では本当に懐かしいNew Ton Studioでやったけど、高めの音が続
くので声が出にくくて、途中諦めかけたけど、何くそ!と思って続けたら出た。
自分が誇らしかった。それは詞のおかげ、サエキ君ありがとう。
 mixはNYでやりました。エンジニアのJonは「言葉わからないけど、すごくい
い曲だ」ってしみじみ言って、私と一緒に仕事が出来て嬉しいって言ってくれ
て、嬉しかった。Jon元気してるかなぁ?
 で、ファンのみんなに今、謝りたい。「何一つ迷うことない」といつも歌い
ながら、迷いまくってた私。このままPSY・Sを続けていくのかどうか?でもコ
ンサートで一生懸命声援を送ってくれるみんなを見て「君の微笑みふれていれ
ば」という言葉にすがって、とにかく行けなくなるまで辛いけど行こうと思っ
て続けていました。みんな、本当にありがとう。

「誘惑のハンマー」
 私は歌の上手いシンガーではありません。デコボコで、勢いあまってて、音
程不安定で、クラシックの先生には弟子にさえしてもらえない声です。だけど、
この歌には好きな自分がいます。PSY・Sの枠から出て、どうすればいいかと思
っていた時期だし、いつしか錆び付きかけてた私のfunk。その、昔は天下一品、
超一流だったはずのfunkをどう歌で出せばいいか100%の自信がない頃だったか
ら、本能の中のfunkinessを探すべく、とにかく吠え続けた作品です。 スキャ
ットも音程良くないけど、やりなおすの嫌だったのであのまま。何と言っても
ホーンアレンジがいい!oh yeahの bro.小坂武巳がやってくれましたが、「い
や〜〜、わかってらっしゃる!」って感じですね。「ん〜〜〜悩まない、無理
しなぁ〜ぁい」ってところ、ちょっと面白い。今は完璧に自分のfunkを取り戻
したし、この曲を歌い直すともっと上手く出来るけど、これでいいんです。
Get the funk out of ma face!

「あしたてんきになあれ」
 ska paraを中心とした、この時限りのバンドと私とall同時録音で一発でやり
ました。ライブでもっかいあのメンバーでやりたいね。私の歌の、なんとこじん
まりしてることよ!この歌のどこに松本隆さんは惚れてくれたのだろう?あ〜で
も、これも事実。私の大切な確かな一部。Soul Music界という意味では同じ世界
とは言え、やっぱり東の人たちの作りはすごくcoolでお洒落だね。関西人がアレ
ンジ、演奏するとこんな風には絶対ならないね。Respect !

「Loving Feet」
 やっぱりいい曲だ。誠ちゃんとMuskrat Loveという曲を歌ったことがあって、
その時ほんとに素敵だった。映画の一シーンの様に、時間を止めて、そこだけ切
り取ったかの様なひととき。誠ちゃんもその時の感じが忘れられなかったみたい。
それで、その雰囲気をイメージして作ってくれたのがこの曲。男性なのに同じキ
ーで歌える数少ないduet仲間です。詞はちょっと苦労していて、突然ひらめいて
あっという間に書き上がったものです。「ごめんね」というところを歌う時、好
きだな。昆虫採集のみんながいい詞だと言ってくれました。

「Spring Is Here」
 この曲のレコーディングはとてもよく覚えてる。当時のマネージャーの天野が
色んな作曲家の作品を集めてくれた中からぱっと直感で気に入って選んだ曲がこ
れ。松原憲さんという楽しい方との、今のところ最初で最後の仕事です。またご
一緒したい。最初打ち込みで全部作ってて、関西在住のベーシスト:清水興さん
(通称シミちゃん)に差し替えをお願いしていました。あれは阪神・淡路大震災
のあった日の朝8時頃。突然シミちゃんから電話があって、何も知らずぐーぐー
寝てた私はどうしたのかな?と思った。シミちゃんって人は周囲にすごく気を使
う人で、そんな時でも何だか謝ってる。「 CHAKA、朝早う起してごめんな。実は
今日なぁ、そっち(東京)行けそうにないみたいやねん」「え?どういうこと?」
「実はこっち大地震でなぁ、テレビつけてくれた方が話し早いと思うねん」とい
うわけで、テレビをonにした。一瞬目を疑ったが、どうやらすごいことが起きた
様で、シミちゃんは「新幹線や車や飛行機やあれこれ手を尽くしてみたけど、ど
うも今日中に行けそうにないけど、俺も俺の家も大丈夫や。 CHAKAも実家に連絡
した方がええで」とのこと。「とりあえずマネージャーの自宅の電話教えてくれ
へんか?連絡したいから」ってことで、電話を切ったけど、こんな時にもわざわ
ざ電話入れて、朝早く起したことを謝ってまでくれて、何という人だとちょっと
感心したりして。実家にすぐ電話したけど、その時にはもう遅く、電話は全くつ
ながらなかった。テレビはただ、町の悲惨さを映し出すばかりで、元々心配事を
保留して、別のことを並行して進めることが出来ない性格だから、不安にすっか
り心を支配されてしまった。その日はPSY・Sのツアーのリハで、休憩でスタジオ
のロビーに出る度にテレビが報道する死者の数がどんどん増えるし、松浦氏は大
阪の自宅から外出禁止令が出て不参加だし、私の実家には事務所の人がずっと電
話かけ続けてくれてたけど全くつながらないし、本当に喉が駄目になってしまっ
て、つらかった。ベースは結局打ち込みで行くことにして、私はリハーサルを抜
けて喉の医者に診てもらいに行き、結局松原さんの期待も裏切り、スケジュール
にも迷惑かけてしまって、ほんとにトホホのレコーディングでした。なんとか別
の日に歌ったけど、コーラスが出来ず、酒井りえちゃんに急遽お願いしました。
ヨレヨレの声で申し訳ないです。でも、この曲は「春の唄」というコンピレーシ
ョンに入っているヴァージョンで、あまりみんなの耳には届いてないと思ったの
で、是非ベスト盤に入れたかった。

「プロポーズ」
 この唄をCDにすることが出来て本当に嬉しい。LAでJames Gadsonプロデュー
スで本当に楽しく有意義なレコーディングでした。いい曲だってJamesのお手伝
いの、日本人のうめじゅん君(何と以前はElvin Jonesのボーヤだった)が、何
かを思い出して泣いちゃうし。毎日カリフォルニアロールとスパイシーロール
(明太子ののり巻)を食べ続けた一週間だった。

「Heaven」
 本当にすごい作品に呼ばれたものだ。これは今となっては幻の一曲。あのスネ
ークマンショーの桑原茂一さんプロデュースで、伊武雅人さんのラジオドラマみ
たいなCD作品「Radio Heaven」に収録された、Talking Headsのカバー曲です。
忘れられないレコーディングだった。藤原ヒロシさんとも初めてで、何故私が呼
ばれたのかわからないけど、嬉しかった。スタジオに入ると当時スカパラのメン
バーだったアサちゃんがパーカッションをダビングしてて、ちょっと待って、歌
の番。ほとんど何も言わず歌い始めたら、誰も何も directionしないし、つるっ
と一気に歌っちゃった。それはそれは、素晴しいひととき。大したキャリアはな
いけど、それまでにレコーディングという形で歌ってきて、一度も何も言われな
かったのは後にも先にもこの時だけ。あまりにシンプルなオケで、歌は苦労しま
したけど、その時のスタジオには天使が魔法の粉を振りかけてくれたような、特
別の場所だったと感じました。後にJ-Waveで結構流れてたのを覚えています。結
局、もう一度また一回も止めずに歌って、どちらかをOKにしたんだと思う。私は
発声練習しないで歌い出すから、何度か歌うとだんだん声が出るタイプだけど、
この時は本当に2回歌っただけなので、声がどこかかすれて、硬く、恐く、出に
くい感じの響きになってるでしょ。それは声がちゃんと出てくる前にOKが出たか
らなの。今聴くと本当につたない歌唱ですけど、仲々面白いと思う。ライブでも
歌いたい。歌い続けるともっと自分のものにこなれて行くと思うから。完成後、
渋谷の五島プラネタリウムで視聴会があった。星座を見ながら、とても面白い
伊武さんのコントみたいなのを聴きながら、突然自分の歌が始まった時はすっ
ごい感激しました。あ、そう言えば、J-waveでon airされたこの曲を聴いてく
れたジャズシンガーの大野えりさんとご主人のダンサーでありパントマイムの
北京一さんが、誉めて下さったのを覚えてます。学生の頃、コンサートを見に
行ったりアルバムをよく聴いていたえりさんや京一さんに誉められるなんて、
誇りに思います。

「Wondering Up and Down」
 渋谷・初台に住んでた時、夜中ふとコンビニに出かけたらこの曲がかかった。
素晴しい声で「え?誰?この声」と思ってしまった。自分だとは仲々実感として
つながらなかった。確かに私の歌だし、そんなことわかってるんだけど、立ちつ
くして聴いてしまった。なんというすごい声の出し方してるんだろう!って改め
て思った。傲慢になってこんなこと言うのではなく、何かに打たれた様に足が止
まった。PSY・Sの曲の中で一番誇れる声を出せてる曲です。地声で高くて、キン
キンせず、こもってる様な、でも抜けてて、私の体が鳴ってる様な発声。大きな
声なんだけど、中に入って口の中で一回声が回ってから外に出てる様な、黒人の
男性ソウルシンガーによく聞かれる発声。作詞の松尾さんは、一つの歌詞の中に
「水」という言葉をいくつ入れられるかに挑戦したそうです。コンサートでも比
較的多く歌ったと思う。で、アンケートで「よかった曲」という問の答えにこの
曲を書いてくれる人が多いんだけど、ちゃんとしたタイトルを書けた人は全体の
60%ぐらいで、残りの人は「河下り」と書く不思議な面白い曲。ふふ

「花のように」
 Home Madeはね、つらかった。楽しかったけど。同時録音でなるべく一発で最
後まで行こうっていうテーマだったから、みんなね緊張しちゃって、間違う間違
う。真剣にしか歌えないCHAKA-POCOはぐったりしちゃって。

「倖せが迷う森」
 松浦氏が新曲を作ってくる度に「CHAKAはこの曲好きでしょ?」と訊くけど、そ
の中:例えばReady For Your Love, Believe In Musicなど、に本当に好きなのは
なく、私はもっと世間がいかにも PSY・S!とイメージを持つようなタイプの曲: 
Planet withLove, Be With You, Blue Starなどが好きでした。この曲はどっちに
も入らないけど、基本的に松浦氏が作る曲は客観的に見て、なるほどな〜〜と思
う。どこかブラコンぽくて面白いね。一番ずつ終わる最後の音を延ばして歌えな
いのが今聴いてもつらい。「愛さえ石に変るわ」の「わ」などのこと。その後に
入るストリングスにかぶってしまうからだと思うんだけど。でも、センスいいなぁ
ってほんと、思う。

「ひまわり娘」「大きな古時計」
 今や私の中のヒット曲ですね。CMに使われたり、映画の挿入歌になったり。「き
らきらひかる」で、松岡監督がシナリオを書きながら延々リピートで「古時計」を
かけててくれたそうです。本当に、嬉しい。昆虫採集のCDはライブだし、ほんと音
程もよくないの丸出しだけど、好きと言ってくれる人は多いんです。草月ホールで
の素敵なライブでした。

「Call Me〜Gift version」
 このベスト盤の為に歌い直しました。

 みんなが気に入ってくれると嬉しいです。

CHAKA

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