14年1月1日

9月2*日:
 ある友人から名前を聞いて、さっそく永山則夫という死刑囚につ
いての本を読んでいる。今、二冊目。最初は、殺人事件を起こした
人ということしか知らず、それ以外の予備知識無く読んだ。

 読みたい本はたくさんあるので、友人から名前を聞いただけでは、
永山氏についての本を読むのはもっと後になっただろう。ある時、
電車内で、たまたま隣に座った若い男性が結構熱心な様子で「永山
則夫」という文庫本を読んでいたことがきっかけで「あ、そうだ、
読もう」と思いたった。

 私は、映画、本、コンサートなど、出来る限りの事前情報はなく
受け止めたいタイプ。食べ物でさえ「これは何ですか?」とは聞か
ないよ。出来る限りの先入観なく、自分がどう感じるかを大事にし
たいからだと思う。

 本は、例えノンフィクションの、記録のようなものであっても、
著者の主観が入ってしまうものだから、どんなことでも本だけを読
んでわかったような気になったりしたくないけど、永山則夫氏は故
人なので、もう彼に直接会えるチャンスは全くない。本を読んだり、
もしかしてそういうものが残っているなら、ビデオなどを見るしか
ない。

 どんなものも出逢った時がthe right timeと思っているので、ま
ずは、出来る限り記録的に彼の起こした事件について書かれてある
と紹介されていた、佐木隆三著「死刑囚 永山則夫」を読み、事件
の概要を知った。

 1960年代に、19歳の彼が(今の私の年齢では、19歳は男の子だが)、
米軍宿舎から盗んだピストルで4人を射殺して逃亡という事件を起
こしてしまった。平成24年を生きる私にとっては、大変に酷い話
しだとは思うけれど、特別に驚くことはない。似た様な事件は他に
もいくつも聞いたことがあるからで、それはあんま り喜ばしいこ
とじゃないけど。

 そんな彼が、犯罪者の中でもある種特別な存在として多くの人か
ら認識されているのは、逮捕後のことが原因だろう。読み書きが困
難だった彼が獄中で膨大な量の読書をし、独学で読み書きを学び、
執筆活動を開始し、手記や小説など、いくつもの作品を発表した。

 今、私は、彼が刑務所に入って以来、まず最初に書いたとされる
「無知の涙」を読んでいるところ。アマゾンの読者レヴューには、
多くの人が「不謹慎かも知れないが、永山則夫氏に哀れみを感じる」
という内容のことを書いていて、印象的だ。まだ5分の2を読んだ
かな、ってところ。最初に読んだドキュメント「死刑囚 永山則夫」
に書かれてあったが、彼は事件を起こしたことの自己分析として、
生い立ちのことをあげているようだが、今はまだ具体的には生い立
ちについて書かれていない。ただ、家族から見捨てられた、という
こと以外。

 事件前までの彼が、どれだけの孤独と惨めさを感じていたからは
わからないが、自筆の原稿の様な物も紹介されていて、ものすごい
苦悩を抱えていることは、容易に理解できる。知り合いの中には
「自分は犯罪者を『あの人も可哀想なのだ』と容認したくない。ど
んなに辛い生い立ちの人でも、罪を犯さない人だってたくさんいる」
と、切り捨てる様に言う人がいて、それも考え方として、間違いで
はないと思う。
 けど、私は人を裁けないし、私の願いは、彼の様な人が出ないこ
と。だから、その為を想うならば、切り捨てるよりも、理解してあ
げる方がいいのではないかと思う。私や私の家族・友人が被害者で
はないのだから。

 まぁ、そんなことで「無知の涙」を読んでいる。この本はそれな
りに売れたそうで、その印税を遺族に送りたいと永山氏は希望した
が、受け入れた人と断わった人がいたらしい。そのどちらも理解で
きる。が、ほとんどの遺族が、恨む対象であるはずの永山氏の逮捕
後、獄中での勉強・努力をないがしろにした人はいなかったようだ。

 私も読んですぐに感心した。しばしば、送り仮名や字は間違えて
いても、「この人は、本当に読み書きがほとんど出来ない人だった
のだろうか?」と思うほど難しい表現を使っているし、読書量の豊
かさや、彼の根本的な知性が読み取れる内容のだったからだ。私も
含めて、人は、ある程度の年齢になってしまうと、中々苦手なこと
に挑戦しようとしなくなるものだと思う。きっと、永山氏は、それ
まで、学びを求めていたが、得られなかったのだろう。そして、もっ
と自分に勉強するチャンスがあれば、事件を起こすこともなかった
かもしれないと思っているのではないだろうか?

 例に出すのが適切かどうかはわからないが、日本最大の冤罪と言
われている狭山事件の石川一雄さんもそうだ。私は個人的に、ある
理由で彼のことを無実だと信じているが、非識字者であった彼は、
自分の無学を反省し、獄中で猛勉強され、素晴しい文章を読み書き
するようになったことは、素晴しいと思う。(話はそれるが、どう
か、もう一度、石川さんにちゃんとした裁判をして上げて欲しい。)
 教育や文化というものは、人間にはとてもとても大切なものなの
だと感じる。

 1983年に、小説「木橋」で、第19回新日本文学賞を受賞した永
山氏。  Wikipediaによると、1990年には、秋山駿と加賀乙彦とい
う2人の作家の推薦を受けて日本文藝家協会に入会を申し込むが、
彼が殺人事件の刑事被告人であるため入会させてはならないという
反対があって、認められなかったそうだ。そのことに反発した中上
健次、筒井康隆、柄谷行人、井口時男の四名が、日本文藝家協会か
ら脱会したという。
 なんと狭量な協会だろうと思う。永山氏のしてしまったことは許
されざることだが、それと彼の作品は別ではないか? もちろん「殺
人者の文章など読みたくもない」と思う人は読まねばいいだけのこ
と。どこかからの圧力のようなものを恐れているのか、他のメンバー
に「そんな犯罪者と一緒にされては困る」と言う者がいたのか、わ
からないが、私が仮にメンバーだとして、脱会するかどうかはわか
らないが、脱会したメンバーの気持ちは理解出来る。

 例えば、電気を発明した人が、過去に殺人をしていた人だとわかっ
たら、電気の使用をやめるか? ものすごい発明をしてノーベル賞を
受賞した科学者が、実は過去に殺人をしていたことがわかったらノー
ベル賞は剥奪されるのだろうか?
 
 永山氏は、罪を認め、反省し、刑務所での仕事をこなし、空き時
間に勉強し、書いたものが、文学作品として認められたのだから、
メンバーに入れてあげればいいと私は思うが。も

9月2*日: 
  40歳のジャニーズ所属タレントさんのことがニュースに載って
た。10〜20代の頃の私なら、年齢関係ないよねと思ってた。今も思っ
てる。あの頃の私はどちらかというと、同世代の男性の、敗北感の
なさが好きではなかったし。敗北感が多すぎても困るけどね。でも、
今は、アイドルは何歳までと決めつけてかかるのも、それはそれで、
その人の自由だねと思っている。我々にはみな、好きな基準を持っ
て判断する権利がある。

 ものすごく多くの人が、普段から、よく年齢のことを話していて、
私にはなんだか今ひとつピンと来ない。例えば「あぁ、もう40歳
になっちゃったわ」と言っている人がいたら「40歳になれて良かっ
たね、おめでとう」と思う。19歳の人のことを「20歳だっけ?」と
間違った人がいて、間違われた本人は「19だよ!そんなに俺をおっ
さんにしたいのか」とか言っている、みたいなシチュエーションに
出くわすと「いくら冗談でも、周囲の年上のことを一斉に『おっさ
ん』扱いして、ちょっと気を悪くしてまっせ」「そんなに若いのに、
年齢というものに、この人も支配されかかってんのかな?」とか感
じる。
 感じるだけで言わない。なぜなら、そういう人は年齢を実は気に
しているので、内容を聞くか聞かないか、よりも、うるさいことを
言った私のことを、一概に「おばさん」と、悪い意味で決めてしま
うから。

 みんな、なんとか生きて行けたら、いつか、おばさん・おじさん
になるのに、なぜ、おばさん・おじさんを悪いことのように言うの
だろう?その年の頃にしか出来ないことがある。十代には十代、五
十代には五十代にならなければ、出来ないことがある。それを楽し
もうよ。

 しかし、この私が「面倒くさいから、言わない」という技が使え
るようになるとはな。これはものすごい驚きである。それこそ20
歳の頃の私を良く知っている人にとっては驚異的な変化だろうと思
う。それを丸くなったとは思わない。ただ、ずるくなった、とは思
う。

 NHKドラマの「夫婦善哉」も観てる。尾野真千子さん、田畑智子さ
ん、森山未來さん、青木崇高さん、と言った、素晴しい俳優さんが
出てる。それ以外にも、桂吉弥さんやオール阪神巨人さんなど、大
阪出身の私には嬉しいサイドメンも出てて、いいな。しかし、こん
な最低な男とずっと一緒にいる蝶子は自分でSでMに違いない。男女
とは、ある意味、破れ鍋に綴じ蓋なのかもしれない。その鍋が、安
物かマイセンやロイヤル・コベンハーゲン製かどうかは、わからな
いけどね。

10月1*日/ 2013年:
 風邪で寝てます。体調がマシになって来たので書きます。色んな
SNSやblogがあるけど、私はいつも、この日記にだけは赤裸々に書い
てきました。SNSだと、他の人が見てるし、少しは書く量も気を使わ
ないとな、なんてのがあるから。今ではSNSは、どうしても知ってお
くべき情報ってのじゃなくて、あまりに色々なことが目に入って来
て、アップアップしてしまうことが多いので、上手につきあわない
と、と思う。考えたら、ほんの7〜8年前までは、こんなに毎日、
友達の誰がランチに何を食べたとか知らなかったし、知らなくても
良かった。しかも、それが友達ではく、個人的には面識のないファ
ンの人だったりする。ライブを観に来てくれたりして、その人の最
近の出来事を私が知らなかったら「見てくれてないんですかあ???」
みたいに言われることもあったりして、ちょっとしんどいこともあ
ります。

 マリリン・モンローのことを描いた番組を見ていました。最初の
結婚は、彼女が16歳の時で、結婚しないと孤児院へやられるので、
夫になる方:ジム・ドアティーさんは、マリリンより6歳ぐらい年
上で、当時、つきあっていた女性(地元の美人)がいたから、マリ
リンのことは子供っぽく見えたらしいけど、結婚してあげたという。
彼らの間には子供は生まれなかったのに、マリリンが有名になった
後、子供だと言う人が、その男性のところに何人も尋ねて来たらし
い。そういう人の精神状態って何だろう?寄生?恥を知れ!って感
じだな。でもさ、人間って誰しもそういうとこ、持ってるんだろう
ね。私は、そんなことはしないように育てられたし、まだ、それが
出ていないから感謝。

 マリリンが、まだ本名のノーマ・ジーン・ベイカーさんだった頃
は、将来、彼女が世界中の人が知る女優になるとは、あまり誰も想
像しなかったでしょうね。
 女優として大成功することは、彼女自身が強く希望して努力して
そうなったのか?実はそれほどでもなく、そういう星のもと、だっ
たのか?世の中には色んな人がいるね。
 私は、大スターでも何でもないけど、色々なところで「知ってま
す」と言ってくれる人がいます。子供の頃は、歌でプロになりたかっ
たし、有名というより、歌が上手くなりたいし、尊敬するミュージ
シャンや憧れのミュージシャンと共演出来る人になりたいと強く願っ
ていました。
 今ではどうだろ?有名になったらなったで、自由になるところと
不自由になるところがあると思う。ちゃんとわかって生きて行かな
いと、と思うけど、本当の大スターになっちゃったら、大変なこと
も増えるんだろな。
 マリリンのことは、好きだ。何故でしょう?彼女のことを「大嫌
い」という男性はいないと思う。それぐらいの女性だったら、無駄
な焼きもち焼いてもいいのに、そういう気持ちにならないのは亡く
なっているからか?悲しいことも多い人だったと知っているからか?
あまりに自分とは違う遠い人だからか?
 彼女はイメージとは違ってとても賢い人だったそうですね。彼女
は大スターなのに、それに中々あんな魅力的な人はいなかっただろ
うに、どこか、まろやかな雰囲気を持っていて、なんだか庶民的な
感じもする。そこが魅力でもあったんでしょうね。イブ・モンタン
もジョン・F・ケネディーも、その魅力にやられちゃったのか。既婚
者なのに、ダメダメよ。とにかく、彼女はもう亡くなってる。Rest 
In Peace. 素敵な笑顔をありがとう。

 Twitterで「結構いいこと言うなぁ」と思うつぶやきを見つけた。
誰かがRTしたもので、つぶやきの主のことは全く知らない人だった。
 その人のところへ行って他のつぶやきも見てみた。すると、その
人は物凄い皮肉屋で「攻撃は最大の防御なり」みたいな人だった。
プロフィールにも「毒を吐きますが、お目こぼしを」と書かれてあっ
て、そういうの、私が好きじゃないタイプで、がっかりした。
 その人のことを知らずに、最初のつぶやきだけを読んだ時は「い
いな」と思ったのに、その人の他のつぶやきが、コンプレックスの
強い人のシニカルさに溢れたものばかりで気持ちよくなかったから、
その結果、最初のつぶやきも「ん〜〜、ちょっとな」と思ってしま
う自分と出逢った。でも、ある友人にこのことを話したら「普通だ
よ」と言われた。「誰だって『お前に言われたくないよ』という感
覚は持ってるもん」って。「世の中そういうもんだよ」って。
 ってことは、私自身「CHAKAの言うことなら受け入れよう」と思っ
てもらえる人になっていかねば、いくらいいアイデアを持っていて
も仕様がないってことだね。ありがとう。

 人に拍手してもらえる歌手になるには「無理なく」やっててはダメ
なんだよね、ってか、私にはそれは無理ではなく、楽しい挑戦なんだ。
私には、60歳までは、プロとして歌うという目標があって、歌手
としての判断は全てそれを軸にしているから、休むのも仕事だとわ
かってるから、心配は無用です。今年の春から体力作りも始めまし
たし。

 スニーカーって、すぐモデルチェンジするから、嫌い。気に入った
のがあると2足買わないとな。

11月1日:名古屋で、プロ&セミプロのシンガーを対象に少人数の
プロ練をやりました。4名が参加。お一人、連絡ミスで、静岡から
来て下さっていたのに、参加して頂けなかった方がいて、大変、心
配しております。申し訳ありませんでした。その方をがっかりさせ
てしまったと思います。できれば、もう一度、お逢い出来るチャン
スが欲しいです。

 その後、車道(くるまみち)というところにある、名門ジム「Alive」
で、打撃の指導を受けました。いつも通っている総合格闘技道場
「Cave」で教えて頂いていることと、根本的には同じなので、何と
か、周りの方に大迷惑をかけることなく、やれました。ヨレヨレで
したが、楽しかったです!ありがとうございました。

 私の参加クラスが終ったら、自然とレベルの高い人の練習が始ま
り、そこでは、UFCファイターの日沖発さんも練習していらっしゃ
いました。格闘技道場というと、恐い、とか、痛い、とかいうイメー
ジを持ってらっしゃるかもしれませんが、パーソナルトレーニング
もあるし、例えばタレントさんが体型を引き締めてキープするよう
なフィットネス的なものもあるし、試合に出るとかじゃなくても、
キックボクシングの動きで、体を動かして運動不足解消したいとか、
器具やバランスボールなどを使うとか、または、もちろん、本格的
に格闘技の選手になりたい人も、色んな人に対応しているのです。
Caveにももちろん柔術のクラスや寝技のクラス、総合(MMA)のクラ
スがありますが、Aliveにも色々なクラスがあり、代表の鈴木陽一さ
んはブラジリアン柔術の黒帯です。

11月2日:そして、岡崎ジャズストリートへ。去年に続き2回目で
す。今年は、畑ひろしさん(gt)、時安吉弘くん(b)、東敏之さん
(dr)と一緒。間に、畑さんとのduoでの出演もあり、夜には、スー
パーセッションというのがありました。
大野俊三さん(tp)、向井滋春さん(tb)、市原ひかりさん(tp)、
三木俊雄さん(sax)、清水昭好くん(b)、大坂昌彦さん(dr)、
竹下清志さん(pf)、伊藤大輔さん(vo)という凄いメンバーに、
CHAKAも入れて頂き、凄かったです。

 スーパーセッション後、ふとつぶやいちゃった。
「疲れていても、音が鳴ると嬉しくて元気になるよぉ」って、自然
と出た言葉。すると、大野俊三さんが「本当にそうだね!」と笑顔
くださいました。尊敬する、そして大好きな俊三さん!
 そして、その音を一緒に分かち合って下さる、たくさんのお客様
がいらっしゃると、その心に「どうか、元気の素を!希望の歌魂を!
お届け出来ますように」という気持ちに自動的に集中します。自分
は、根っからの、ひいばあちゃんの代からミュージシャンなのだなぁ
と、また確認します。

 明日も、2ステージ、頑張ろう。

11月*日:岡崎は、一応バンマスだったので大変だったけど(段
取り苦手)、楽しかったなぁ。畑さん、トッキー、東さん、ありが
とう!あと、スーパーセッションで共演して下さった大野俊三さん、
向井滋春さん、竹下清志さん、三木俊雄さん、大坂昌彦さん、市原
ひかりさん、清水昭好さん、伊藤大輔さん、ありがとうございまし
た。そして、なんと言ってもお客様!ジャズストリート関係者のみ
なさま、ありがとうございました。
 CHAKAは、ジャズ界ではあんまり人気ないかなぁ?と思っていまし
たが、お客様、たくさん来て下さいました。とても嬉しいです。お
客様は私、私はお客様ですから。

 増田俊也さん原作の、漫画「KIMURA」のコミックを増田さんから
頂きました。感激です。びっくり!

11月*日:夜、踊っちゃいけないとか、海岸で音楽を聞いてもい
けないとか、なんで、すぐ「丸ごと」禁止しちゃうんだろ?我が国っ
て。。。
 一人一人が責任をもって行動出来る人にと教育するのが大人の義
務なのであって、何でも禁止というのって、本当に危ないと思う。

11月2*日:「一発屋芸人」と言われている人が、久々にTVに出
て、その芸をやるというTVを見てしまった。最近は地上波は見ない
のに。司会は、今よくTVに出る芸人で、そこには、今よくTVに出て
る芸人が複数パネラーみたいにしてコメントしてた。その、昔?よ
くTVに出てた一発屋芸人が芸をやってる間の、今TVに出てる人たち
の表情が本当に気持ち悪いもので、そこには、何とも言えない人間
の底意地の悪さというか、傲慢さが滲み出ていた。売れていてもい
なくても、人としては同じなはず。そういうフィールドがあるのは、
当然知っているが、視聴者としての私は1秒でさえ見ていたくない
と思った。

12月1*日:もう今年もあと半月ほどで終る。何をしたか?と言
われれば何もしなかったような気もする。毎日、色々なことで忙し
く流されて行ったとも言える。でも、素敵な想い出はたくさんある。
ありがとう。

12月28日:猪木さんの炊き出し。サップもお手伝いしてるらしい。

もう、今年もあと少し!
みなさん、ありがとう

CHAKA

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