僕はCHAKA姉と呼んでいます。
誕生日が同じなのです。
出会いはほんの一瞬のすれ違いでした。
当時僕が所属していた「Soul Do Out」というバンドで大阪森ノ宮ピロティホールに
出た時にロビーにてメンバーの紹介で初対面。僕はまだ21歳でした。
当時CHAKA姉はAfrikaのボーカリストとして(大袈裟でなく)大阪中のバンドマンに
名を轟かせてて、オーラ的なものに一方的に勝手に圧倒されてた僕でして。
ほんの1分も会話しない感じでして・・
(そして10年後・・・)
その後90年代の最初の頃、僕のアレンジのセッションにコーラスとして歌いに来て
くれたのです。確かセカンドラインの良い曲でした。でも何故か僕がスケジュール
の都合でコーラス録音に立ち会えなくて再会を果たせず・・・後日に声だけ聞いて
又圧倒された僕でして。
(そして10年以上の歳月が経ち・・・)
21世紀になってやっとリアルに再会できたのです。
2006年冬。寒い寒い雪の日の一口坂スタジオでした。
なんかドラマティックでしょ?
20年以上も経って再会できたのはENDLICHERI☆ENDLICHERIのレコーディングでした。
その時ENDLICHERI☆ENDLICHERIはライブでファンキーなコーラスが出来る人を探し
ていたのですが、そこでバンマスである僕が「CHAKAしかおらんやろ」と名前を挙げ
てみたのです。
そしたら僕のマネージャーがCHAKA姉のことを偶然にも良〜〜く知っていてすぐに
連絡が取れ、まずはレコーディングで堂本剛君にその凄さを体感してもらおうと
急遽来てもらった訳です。
結果、アルバム「coward」の「これだけの日を跨いできたのだから」と言う曲で日本
音楽史上に残るかもしれないほどのアドリブをブチかましてくれました。もちろん
剛君もめちゃくちゃに気に入ってくれまして今では何かとCHAKA姉には知恵を借りる
仲になって紹介してよかったと思っています。そしてその流れでものすごい数のステー
ジを一緒にやりました。
(余談ですが打ち上げ=カラオケでの「りんご追分」は絶品でした。)
その後もメッチャお世話になっているのです。
20世紀中のすれ違いは新世紀での再会の為の過程だったんだと思っているのです。
最高な歌を歌う心のある尊敬できる友人です。
今なお圧倒されっぱなしなのです。