北の湖敏満

Favorite People vol.10

*このシリーズも、はや#10ということで、とうとう、この人の登場と相成り
ました。よくステージでも「本職は相撲解説で、歌は修行」なんて言いますが、
本当は私は相撲には、さほど詳しくはない。知識の点では、ごく普通のファン
という域を出ない程度で、ましてや解説などは出来ない。ただ、好きという点
ではかなりのレベルであると自負してはいる。

*今やもうほとんど絶版の私の唯一のエッセイ集「レモンの勇気」にも書いた
が、初めて彼を見たのは中学生の頃。スポーツは何でも好きな親父が見ていた
ので、私も見る様になった。相撲というのは、力士の特徴を覚えると本当に面
白くなってくるもので、私は別に覚えようと努力した訳でもなく、いつの間に
かテレビに映る力士に関しては、詳しくなっていった。本当は見ているはずな
のだが、横綱以前の彼を私はあまり見た記憶がない。私が覚えているのは、大
関から横綱に昇進して以来の、不動の、憎らしいほど強いなどと言われていた
「ものすごい」彼だ。初めて彼を見た時は「初めて男を見た!」と思ったほど
の衝撃だった。この人は私の応援に必ず答えてくれる、どこまでも付いて行っ
ていい人だと一瞬で確信した。それ以来、彼がテレビに出ている間は絶対にま
ばたきをしない様に指でまぶたをこじ開けながら見たものだ。一流好き、正統
派好みの父も、その強さ故に北の湖関が好きだった。

*当時はただ好きで見ていたが、今振り返ると、彼に教わったことは多い。例
えば、彼は四つ相撲のタイプだが、相手がつっぱって来た時には、無理に自分
の形に持ち込もうとはせず、つっぱり返して、そのうちに段々と自分有利に持
ち込む。そういう柔軟性や、色々な形に対応出来る技術を持っているというこ
とが、私の歌の姿勢に強く影響している。そして、負けた者に手を差し伸べな
い。その様子を見た観衆は、彼のことを「生意気」「ふてぶてしい」と言って
いたが、本人は「自分が負けた時に、相手に引っぱり起してもらうなんて、そ
んな屈辱的なことは絶対に嫌だから、相手に対してもそれをしない」と言って
いて、私はその考え方にも 100%納得していた。負けは負けとして受け入れな
がらも卑下せず、勝っても驕らず、負けをより一層のジャンプ台にするという
姿勢は素晴しい。彼は、二度続けて負けない。そして、ただ単にいい見せ場も
なく負けてしまうことのない力士だった。私も歌手として、聴いてくれるみん
なに楽しんで、元気になってもらおうと歌っているが、うまくいかないことも
ある。だけど、ただ単に「今日のステージは失敗でした」という様な歌は歌わ
ない、そして、必ず次にはもっと成長している様にと努力をしたいと思ってい
る。

*「一流の人は謙虚だよ」というのは、私が尊敬する、別の人が言った言葉だ
が、その言葉通り、北の湖さんはとても謙虚である。私にとって謙虚な人とい
うのは、前進し、成長している人であり、傲慢な人とは立ち止まっている人で
ある。そういう意味でも彼はとても謙虚な人であるが、親方になられてから、
彼が世間一般で言う「謙虚な人」であることに、改めて感銘を受けた。彼はテ
レビ番組等で解説をする時に、必ず「〜〜だと思います」「終始、先手で責め
たのが良かったと、思います」という口調で話す。最初は、話すことが得意で
はないせいだと思ったが、後に「自分の考えだけで『〜です』とは言えない。
自分は『〜だと思う』という風にしか言えないから」とおっしゃっていたのを
知って、あの「昭和の四強」の一人と言われた大横綱が、と感動し、私もその
謙虚さを持ち続けようと決めた。

*時々、冗談めかして「どの歌手よりも北の湖と富士桜を尊敬している」と答え
ることがあるが、それは嘘ではない。私は音楽ではない形を通して、色々な力士
から元気をもらい、影響を受けた。特に北の湖敏満という、相撲史に燦然と光輝
く大横綱には、計り知れない激励を受けた。最近の十代・二十代の人には北の湖
関の全盛期を知らない人が多く、誰か他の力士のことを紹介する番組などで「あ
の北の湖を倒した一番」という過去のVTRが流れた時にだけ見るという人が多く、
負けている北の湖しか見たことがない人が増えてしまい、私としては、本当に本
当に残念である。

*北の湖敏満という素晴しい力士と同じ時代に生まれてきて、本当に良かった。
この人に出会っていなかったら、私は違った歌手になっていただろうと思う人の
一人である。

CHAKA

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