病人食ってなんだ??
病院の食事というと、私には強烈なイメージがある。
3歳の頃から小学校6年位迄そうとうひどい小児喘息があった。
食物アレルギーもものすごい数があり、食べられるものを列記したほうが早いくらいだった。
10月の声を聞くとアレルギーのある食べ物を食べると喘息を起こした。
アレルギー食品を食べなくても発作を起こした。
ただ、アレルギー食品を摂取しているときは、それが消化し終わるまでの約8時間、どんな薬も発作をおさめることが出来なかった。
なので、そういうものは一切食べられない生活が続いていた。
そんな中で、たびたび入院することがあったのだが、そこで、アレルギー食品をのぞいた病院の食事となると、
出てくるものが本当に限られてしまったのだ。
それがあたしの中での病人食という形で定着している。
来る日も来る日もそれを食べていたイメージがあるので、健康な今、あえてそれは食べようとしていない。
食べ飽きてしまったおかずたち、忘れていたおかずたち。それが奇しくも今回の入院で出てきた。
その衝撃が大きかったのだ。
入院の初日にまさにそれは出た。
代表的なもの「カレイの煮付け」
こいつはもう、私の中では病人食とイコールの関係にある。
入院する。”病人になると食べなければいけないもの”くらいの認識なのだ。あえて、自分から進んで食べるものではないという想いがこいつにはある。
それが、今回の入院初日の最初の食事に出たのには苦笑せざるを得なかった。
そしてもう、これは「ああ、やっぱりそうなんだ。私は病人になったのだ」と伝える使者であり、はっきりと決定的な事実として、そこに存在していた。
次ぎに代表とされるものに「豆腐のあんかけ」が私の中で列記されている。
これは流動食が終わり5分粥になった日に出された。
わ〜〜おまえも出てきたのか!そんな感じ。
豆腐のあんかけは嫌いにはなっていなかったが、なぜか、わたしの食事メニューから抹殺されていたもので、ちょっと面食らった想いがあった。
食べてみると、以外とおいしく感じられて、ちょっと不思議なきぶんがした。
そして次ぎがタラである。
タラの焼いたものや煮たもの。
こいつは普通食に戻った日にお目見えした。
食事の節目節目に、わたしの認定している病人食が出てくる(^^;
結構不思議な気分だった。
その他の食材でも病人食と思っているものが何個かある。
アコウ鯛の焼いたものや煮たもの、そして、鶏肉。
鶏肉は病院で出されるものは脂身が殺ぎ落とされていて、ばさばさとしているというイメージがある。
たとえば、煮つけたものとか、ゆでてあるだけのささみとか。
この2食材も、入院中の食事にしっかりと出てきています。
あながち、わたしに定着している病人食というくくりは、間違っていないのかもしれないと今回の入院で思ったのだが、いかがなものだろうか?
わたしは、今列記した食材が嫌いな食べ物にはなっていない。
カレイはから揚げにすれば大好物だし、豆腐は日常的に食べているし、タラやアコウ鯛は鍋には最高!と思っているし、鶏肉はから揚げも釜飯にも入っているが、けして嫌いではなく、好んで食べている。
ただ、調理される形が、毎日毎日食べさせられたメニューという想いがあるので、あえて食べなくなったメニューなのだ。
そして、これを書いていて気がついたことがひとつ。
他界している母の手料理は?と聞かれると、いまいち何を食べていたか思い出すのが困難だったのだが、今思うと、母も作っていたものだった。
あたしが病人食としてくくりをつけて、メニューの定番から追い出しているものたちだったので、思いつかなかったのだ。
母も大変だったのだなと、今ごろになって再認識させられる思いだ。
食べたくないと駄々をこねた覚えはないが、きっとまずそうに食べていたのだろうと思うと、すごく悲しい。
今回、入院中に食べさせられて、いやではなかったものもあるので、食事を作るときに思考外に追い出すのはやめようかな?と思う。
たまには母の味を再現してみてもいいのかもしれない。「お袋の味」として・・・・・・。