9月20日・21日 手術後1・2日目 入院4・5日目
手術後の記憶は朦朧としたものだった。なので旦那や周りの人の証言も含めて書いてみたいと思う。
まず、手術室へ入るときの様子から・・・・・。
煙草を吸い終えたあたしは、その後直ぐに点滴と尿道に管を入れられる処置が待っていた。
そして予備麻酔をお尻にチクンとさされる。
なんとなくボーーとしてるかな?予備麻酔が効き始めたんだろうなぁなんて思い始めたPM2:00にお迎えのストレッチャーはやってきた。
ストレッチャーで運ばれるときに見える景色は不思議なものだった。走る速さで運ばれているわけではないが、目に映る景色は車から窓の外を見るような流れるような景色。頭に髪の毛を入れるキャップをかぶせられる。
手術室へ入ると、そこは・・・・水の中のようなグリーンともブルーともつかない色で統一された場所だった。
空調が大きな音を立てて寒いくらいの室温で保たれている。手術台の上へストレッチャーから乗り移ると、寒いでしょ?と声をかけられた。
あたしは小さくうなずいた。寒いよりも人の多さ、あわただしさ、てきぱきと動いているスタッフを目の当たりにし、空調の大きな音を聞き、圧倒されていたのだ。
そのあと直ぐにマスクをかけられ、普通は数を数えるらしいが、あたしはマスクをかけたところで意識を簡単に手放した。
麻酔はすこぶる効きやすい体質だ。
誰かに呼びかけられたのか、はたまた病室のベットに戻されたときに動かされた振動からか?わたしは意識を徐々に呼び戻していた。
最初に感じた感覚は、おなかが熱いだった。そして、痛い。
痛いというと、凄く痛いように聞こえるが、あたしの中では、”ああ、痛みがあるから、それをちゃんと言わなくちゃ”という冷静な感覚だった。
実際に、それがどう言う風にみえていたかというと、呼びかけられると、「痛い・・・痛い・・・・痛い・・・・痛い・・・・・」
要するに、うわごとのように痛いを連発していたらしい(笑)
きちんとした言葉を聞き取ったのは看護婦さんの声だった「痛み止めをいれましたから、大丈夫ですよ」というコトバ。
わたしの中で痛みがあることを伝えなくちゃいけないと思いつづけていたことへの回答が聞こえた。
”ああ、これで安心、痛いということは伝わったんだわ。あとはとりあえず、ひたすら寝る。ふて寝する、痛いのイヤだからともかく寝ちゃおう”っていう気持ち。そのあと、旦那の声「手術は無事終わったよ、良性だったから安心だからね」というようなコトバ。
”ああ、良性だったんだ、そりゃよかった。でも、ともかく今はふて寝、寝ることが一番。寝なくちゃ・・・寝るんだ・・・寝て起きればなおってるさ・・・”
そう心の中でつぶやいてるあたし。実際は「痛い・・・・うん・・・・・痛い・・・・・うん」だったらしい(笑)
どれくらいあとだろうか、その夜のことだとおもう。
腰が痛くて目がさめた。
傷の上には重石を載せてあることをあらかじめ聞いていたあたしは、あお向けの姿勢を続けなきゃダメかな?とか思っていた。
看護婦さんがそばにいて、少し横向けるなら向いてもいいですよといってくれたようなきがする。
なので横を向いた。傷はなぜか、そのときはもう、全然痛くない。まぁ、痛み止めがすこぶる効いててくれていたのだろう。
手術後、うれしいというか、まぁ、誤算があった。それは、手術後のどが乾かなかったこと。
普通、凄く乾くらしいのだが、あたしの場合、なぜか、じゅわ〜〜って唾液がたまるのだ。まるでめちゃくちゃおいしいものを見たときみたいに。
じゅわぁ〜〜っとたまると、それを飲みこんでいた。ああ、のどが潤う(^^;ウフフ♪あたしってついてるぅ〜。
なんてやっていたら、だんだん気持ち悪くなってきて、じゅわぁ〜〜が多過ぎになってきて、ティッシュを採ってはそれを拭いていた。
腕を動かしても痛くない傷。そのうち、ティッシュじゃ間に合わなくなって、ちょっと身体をひじでささえて起こしてそれをペッペッとやっていた。
身体を起こしても痛くない(^^;。傷痛まないのをいい事に、楽勝ジャンこれ!とか思いながら、身体を動かしては、うとうと。うとうとしては、身体を動かしてを繰り返していた。でも、唾液たまりすぎてたみたい。一回もどしちゃいました。
胃の中にはなにも入ってないはずなのに、目がさめたら、急にぐへっ!ってやっちゃいました。仰向けのまま、もどしちゃったのだけど、気管にも入らずむせずに済んだのはラッキーでした。(汚い話しですいませんm(__)m)
20日手術の翌日も基本的にひたすらうつらうつら眠る一日だったのだけど、午前中に教授回診があった。
傷の消毒をして、状態を聞かれて、横を向けること、上体を少し起こせることを言ったら、座ってみましょうといわれた。
なんか、わりと普通に起きあがれてしまった。腹筋使って、するするって起きあがっちゃった。
普通にベットの上で体を起こしてしまった。傷もまったく痛くない。
「ああ、できますね」とにこやかに教授先生はおっしゃる。
およ?あたしって、凄いかも?とか思っていたら、教授先生「じゃ、ちょっと起立してみましょう」とおっしゃる。
へ?まだ24時間もたってないよ?手術してから・・・とか思っていたが、いわれるままに立ってみると、割と普通に痛みもなしに立てちゃった。
ちょっと立ちあがったときにくらりとしたけど、身体はなんとなくふわふわとしていて、痛みもなくて、思わずその場で足ぶみしてみたら、それも痛くなく出来ちゃう!わぁお♪あたし、ホントに凄いかも(笑)。これなら、明日は歩けるな♪とにんまりしたのは言うまでもない。
教授先生の満足そうな顔もみょうに記憶にのこった。
21日には尿道の管もはずされ、自分でトイレに行きましょう♪が目標の日になった。
ネットでいろいろ見たり、手術経験のあるB嬢に聞いた限りでは、この最初の第一歩が非常に大変だと、あたしは認識していた。
ところが、上体を起こすことすら大変だと見聞きしていたのに、あたしは、上体を起こすことはまったく苦もなくできてしまうし、トイレにGO!もすたすたと歩けてしまった。
もちろん、歩くスピードはゆっくりでした。でもね、歩くことが苦ではまったくなかった。
それどころが、旦那が見舞いに来て、速攻やったことは、3Fのあたしの病室から、1Fの喫煙所まで行くことだった(笑)
一人で歩くことには不安はなかった。まだ、点滴も入っていたので、ガラガラとあれを押して歩くことはさほど苦労ではない。
普通はあの点滴ののせてある棒を支えにして歩くらしいが、あたしは最初から支えというよりは押して歩いていた。
ただね、一人じゃ、1Fに行くのはためらっていたのだ。
まず、エレベーターに乗るときに、その棒を持ち上げて段差を乗り越えることができるかな?ってちょっとだけ不安があったのだ。
それと、手術後二日目でひとりで歩いてて、なにかあったらヤバイよねヽ(´ー`)ノなんて思いがあったのだ。
食事は重湯が出ていたので、元気はいっぱいあったんだけど、熱を測ると7度ちょっとの微熱がつづいていた。
あたしはまた、空元気でもいいから、ちょっと元気をもらおうと、B嬢に携帯で電話をした。
「B嬢?あたしぃ〜〜。手術はぶじ終わったよぉ。良性だったし、よかったぁ〜」
「え?あのさぁ・・・いま、どこから電話してるのさ?」
「ん?1Fの外の喫煙所。タバコ2日吸わなかっただけなのに、まじぃ〜〜」
「あのねぇ〜〜・・・・」おもいっきり飽きれた声が聞こえる(笑)
あたしの勝負はほぼ勝利を収めていた。
夕食は三部粥になる予定だ。ただ、あんまりお腹がすいたぁという感じがない。
食欲がわかないのだ。
出されて、食べて、お腹に入れば食べるって感じ。
もう少しで夕食だぁ〜!おいしいものが出ればいいな。
9月22日 手術後3日目 入院6日目
手術の経過もよくて、あとは傷の癒えるのを待つだけかなぁなんて感じでちょっと退屈し始めたので、今日は病室の様子について、ちょっと書いてみようかなと思う。
あたしのいる部屋は3Fにある産婦人科病棟だ。
エレベーターを上がって正面がナースステーション、右手に新生児室、左手に大人の入院病室が、その奥に心臓外科病棟がある。
ナースステーションの左隣すぐがあたしのいる302号室だ。ここは5人部屋で、ベットはあたし側に2床、対面に3床の配置になっている。
あたしの隣は今日まで共に戦ってきた主婦のSさん。彼女も同じペースで回復中である。
対面は、高校生のAちゃん。髪の毛キンキン超ヘビースモーカーという、一見ぶっ飛び娘なのだが、明るいし、素直だし、いろんな事をちょっと古風かも?って思えるくらい真剣に考えているとってもいい子だ。Aちゃんはホルモンの分泌障害からか、貧血がひどくて入院している。
9月28,29日に文化祭があるとかで、それまでに退院したいと、頑張っているのだ。
そのお隣に、抗がん剤治療を終えて、白血球の数が正常に戻るのをまっているKさん。抗がん剤治療中のHさんがいる。
Kさんは、あたしやSさんがまだ身動きするのがちょっと大変なのをよくわかっていてくれて、いろいろとお世話をかけっぱなしだった。
ふたりして、手術前に気弱になっていたときも、ガンでもこうやって手術後ピンピンしているんだから、大丈夫よ。と、明るくあっけらかんとしていてくれた。
その明るさが、どんなに心強かったか・・・本当にありがとうございます。
Hさんは抗がん剤治療の真っ最中で、とてもつらそうだ。一日カーテンを締めっきりにしてひとりで耐えているってかんじ。
頑張ってくださいっ!
この病院には抗がん剤治療をしている人が他の病室にも何人かいる。
今はガン(悪性)=死という図式は成り立っていないのだなぁと実感する。
抗がん剤治療は確かにやっている最中はとてもつらそうだ。めまい、吐き気、そして抜け毛がある。
でもね、みんな自分が悪性の腫瘍があったということを認知している。今は告知をしないで隠す時代ではないようだ。
手術前にO先生からの説明があったとき、あたしは悪性だった場合はきちんとその旨をあたしに知らせて欲しいと頼んだ。
隠されるのはイヤだとお願いしたのだ。そうしたら、今は告知なんておおげさな形ではなく、きちんと病状を本人に説明してますよと、にこやかにおっしゃられた。だいたい、薬の種類も、名前も、治療も、これだけオープンにやってれば、隠せるわけが無いともおっしゃっていた。
この病室の雰囲気をみれば、そりゃそうだなと思う。
今、わたしの腫瘍部分はもっと詳しくガン細胞がないかを調べる病理検査にまわされている。結果は取った日から一週間くらいかかるそうだ。
もし、悪性の部分がほんのちょっとでも見つかった場合、きちんとO先生はあたしに説明してくれるだろう。
そして、今後の治療方針も、治療内容も細かく説明してくれるだろう。
もし、悪性だったとしても、あたしはKさんやSさんみたいに頑張れると思う。そして明るくポジティブにそのことを受け止めよう。
でもなぁ、やっぱりそうはなって欲しくないな・・・というのが本音ではある。そのことを考えると待たされるあと数日間は胃がちりちりする思いだ。
正直なところ恐い・・・・・・・。
手術中の所見によれば、良性と判断されたのだから・・・・・。
旦那も摘出したものを見たといっていた。
まだ熟しきれていないトマトのようだったと言っていた。充実部に見えた部分は、髪の毛の出来そこないや歯の出来そこないみたいなのが入っていたと言っていた。それを旦那は目の前で見せてもらって説明をしてもらったという。
ついでに子宮筋腫もチョキンと切っておきましたといわれたらしい。それは親指大の白いやつだったと言っていた・・・・・。
考えるの辞めよう!!まずは、傷、手術の傷!!これが早く回復すること。これに集中だな。
お腹の傷はおへその下1cmぐらいのところから恥骨にかかる位迄、縦に一本の線。その横に糸が4本、その隙間を縫うよに、ホッチキスみたいな金具が無数に止めてある。実はガーゼを持ち上げて、ちょっとみちゃったのだ。(^^;
なんか、その傷は、ブラックジャックの顔の傷みたいに、みょうにSFチックで笑ってしまった。
けしてスリムではないあたしのお腹、脂肪でもっとぐちゃぐちゃにくっついてるかと思ったけど、想像していたよりもきれいな傷だ。
これなら、数年後には盲腸のあとみたいに、肉割れみたいな痕にしかならないかもしれない。
すこしうれしかった。
9月23日 手術後4日目 入院7日目
傷が癒えてくる時ってどうして、こんなに笑えることが起こるんだろう。
お腹の傷、ついでに中側も、笑い過ぎで、痛いんです。(>_<)
手術後痛みを感じたのが笑いだったとは・・・・なんとも悲しいやら情けないやら(^^;
いっぱい友人がお見舞いに来てくれている。それはとってもうれしいし、元気が出ることなのだが、笑いすぎてしまうのだ。
話しが前後してしまうのだが、手術後一番痛かったので・・・・・まずはこの話しから書こうとおもう。
今日の夕食におはぎがつく!という超ビックな情報が入った。
秋分の日のかおりを夕食にも♪ということらしい。
あたしとSさんは色めきだった。2人ともまだ、食事は七部粥、普通食ではない。
はたして、おはぎはつくのかぁ〜〜〜!!!??という話題になった。
七部粥のあたしたちの食事は、おかずも普通の食事とは、まだ、ほどとおいい内容だ。
おひたしは刻んであるし、おかずも柔らかいものが主流。
おはぎといえば、あんこでくるんであるもち米だよね?七部粥から比べたら絶対に消化は悪い。
でも、たべたぁ〜〜いっ!!でるかなぁ?・でるかなぁ??って。
Sさん「食べたいなぁ。。出るといいね。あ、ちょっとトイレいってくるね」
あたし「うん。いってらっしゃぁい。ファイト!」Sさんは歩くのが、結構まだつらいのだ。
Sさん「お粥のおはぎだったりしてね・・・・」と行き掛けに歩きながらボソリとつぶやいた。
あたし「え??カタチニナラナイノデハ??・・・・」
頭の中では見る見る想像が膨らむ。妄想ワールドに突入だ。
Sさんがアンコを手の上に載せて、その中にお玉ですくった七部粥をどろぉ〜〜んって入れる。
うれしそうに「おはぎっ♪おっはぎっ♪」と言いながら、おにぎりみたいに一生懸命握っているSさん♪
無邪気に「出来たぁ〜〜♪」とか言って、お皿の上に置くの。
置いたとたんに、そのおはぎ・・・・・でろぉ〜〜んって崩れちゃう。
これ以上悲しいことは無いっ(ノ_・。)と、言わんばかりの顔でそれを呆然と眺めるSさん。
。・゚゚・(>_<)・゚゚・。
さらに妄想は拍車をかける。
そのとなりに「おりゃぁ〜〜」と気合をかけるのが口癖なのに非力なB嬢が・・・・・。
やっぱり「おりゃぁ〜〜〜」とかいいながら、Sさんと一緒に七部粥のオハギを作るのに悪戦苦闘している姿。
「なんで、形にならんのじゃーー!おりゃぁ〜〜」って叫んでいる姿が・・・。
(o_ _)ノ彡☆ギャハハ!!(o_ _)ノ彡☆ギャハハ!!!!!
あたしは、自分の想像で、思いっきり笑い転げてしまった。
「傷がぁ〜〜〜〜!!ひぃ〜〜〜!!!痛たぁ〜〜ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!!!(ノ_・。)。・゚゚・(>_<)・゚゚・。(o_ _)ノ彡☆ギャハハ!!」
お粥のオハギなんて、いったいどうやったら出来るんだろう。。!?
あたしの声は廊下中に響き渡ったらしい。
「お粥のおはぎだったりしてね・・・・」と言い放ったSさんは、自分の言った事にあたしの笑い声で、ヘンなことを言ったと初めて気づいたらしく、そのあと廊下で笑い転げていたんだって。彼女はあたしが必死にお粥のおはぎを作ってる図を想像したらしい(^^;。
転びそうになったじゃない!プンプンって笑いながら怒られてしまった。
言ったのはSさんじゃんヽ(´ー`)ノ
さんざんもりあがったおはぎ騒動。
夕食でしっかりでました。
もちろんあたしたち2人にも・・・。
・・・・・ええ、出ましたとも・・・(ノ_・。)。
黄粉がまぶしてあるお団子とゴマがまぶしてある一口大のお団子が!!。
アンコじゃないっ!!ちっちいさい!!
この想像外のおはぎに、二人して絶句しておりました。
おもいっきり期待しちゃいけませんわな。病院のデザートに。。。。
最近のもっぱらの話題は手術の傷をとめているホッチキスみたいなやつのことだった。
ホッチキスは糸の間に2個くらいづつ、ついている。
でね、このホッチキス、いったいどうやってとめたのだろう??という素朴な疑問から話題が発展した。
そもそも見た目は”コの字”をしている風に思われるのだが、機械をつかって、お腹に刺したのだろうか?
あたしは、椅子の皮を張ったり、大工道具で板を打ちつけるときに使うようなホッチキスの大きいやつでバン!バン!って打ちつけるのでは?と言ったのだ。友人も旦那も、それは・・・・・ないんじゃない?と半信半疑。
大体中側が”コの字”ではなくて、外れにくくなっているのでは?と言い始めたのだ。
”〆の字”みたいになってて、それをピンセットの大きいやつみたいなのでぐいっと広げて押しつけて差し込むみたいなことを言う。
あたしはえぇ〜〜!!それ違うよぉと猛烈に反論したのだ。
反論には根拠がある。なさけない根拠なのだが、”コの字”だと確信しているといったのだ。
みんなその理由を聞きたがった。
あたしは渋々、その根拠を言い始めた。
たぶん、笑いすぎなのだろう、実はそのホッチキスが1・2個浮き上がってきてるのだ。
お腹とホッチキスの間に隙間が出来はじめているのだ。
旦那も友人たちも最初はあっけにとられてそれを聞いていた。
でも、一言みんなに同じようなことを言われてしまった。
「浮き上がったホッチキスさぁ、笑いすぎると、スポポポポン!って抜けるんじゃないの?Mは性格も中味も腹筋も男前だからなぁ」
( ̄□ ̄;)。。。
「マシンガンみたいにホッチキス飛ぶんじゃないの?すっげぇ〜〜(爆)」
( ̄□ ̄;)
「飛んでったホッチキスで人を襲わないように・・・・」
( ̄□ ̄;)
なんで、複数とも同じようなを言うんだ〜〜。あたしなんてこんなに繊細なのにぃ(T_T)
あたしは真剣に言ったのになぁ。笑い話にされてしまった。
退院前までにどんな道具で止めるのか、先生にぜひ、聞いてみたいものだ。
追記:本日は傷の消毒と足温浴があった。18日にお風呂に入って以来なので足温浴は気持ちいい。足温浴はブクブクと泡が出て、さらに足を押し付けると軽石のボールが廻るという優れもの♪とっても気持ちよかったわ。30分くらい浸かるとお湯はぬるいんだけど、身体はポカポカとしてくるから不思議だ。
って、本来なら、日記ってこういう事を書く物だよなぁ・・・・・(^^;