12/08 21:37 毎: <記者の目>隼君の死から1年 運転手起訴 江刺正嘉(社会
毎日新聞ニュース速報
両親は息子が好きだったチューリップとスイートピーを世田谷通りの事故現場に供えた。
命日が2日後に迫った11月26日、東京地検は、片山徒有(ただあり)さん(42)と章代さん(38)の二男隼(しゅん)君(当時8歳)をはねて死亡させたダンプカーの運転手(33)を業務上過失致死罪で起訴した。いったん不起訴とした処分が覆り、両親の訴えは実った。しかし、隼君の命は戻らない。
交通事故捜査の改善が一歩進んだとはいえ、約9カ月にわたって両親の痛切な思いに触れてきた私には、まだまだ不十分だとの思いが込み上げる。
今年3月、1枚のファクスが毎日新聞に送られてきた。送り主は章代さんだった。「可愛い8歳の息子が大型ダンプにひき逃げされました。『いってらっしゃい』と朝、学校に送り出した直後の出来事で……」と書き出された文面には愛児を奪われた親の無念さと、事故からわずか20日後に加害者を不起訴にした東京地検への不信感が込められていた。
事故当日、私は警視庁からの広報内容だけで現場にも行かずに事故の原稿を書き、その日の本紙夕刊には「ひき逃げされ小2男児死亡」の見出しで21行の短い記事が載った。しかし、「死亡ひき逃げで、被害者が小学生なら加害者は起訴されるはずだ」と思い込み、その後、補足取材を怠っていた。
あの事故で運転手が不起訴になっていたとは。私はファクスの内容に驚いた。
駆け出しの地方記者時代、死亡事故があれば必ず現場に足を運び、泣き崩れる遺族の姿に胸を痛めた。しかし、いつの間にか、死者が毎年1万人にも上る交通事故に慣れてしまい、関心が薄れていた自分が恥ずかしかった。
「この子が隼(しゅん)です」。4月1日、初めて訪れた片山さん宅の居間には、隼君の写真や絵が壁中に張られていた。自宅近くの公園で泥だらけになって遊び、おどけた笑顔を浮かべている写真が目に留まった。「気持ちの優しい明るい子だったんですよ」という両親の隼君への思いは尽きず、取材は午前0時を過ぎて4時間以上に及んだ。
「息子を失った親の悲しみも聞かず、あまりに短い時間で処分を出すのは納得できません。捜査内容を被害者に教えないのなら、検察官はだれのために働いているのでしょうか」
その言葉が私を突き動かした。その後、不起訴の撤回を求める両親の署名運動を追い、記事を書き続けた。運動の輪は広がり、事故はほかのマスコミにも取り上げられた。
そんな中で、交通事故の遺族から「肉親を失った悲しみと捜査への不信感は私たちも同じです」という手紙が数多く届いた。その人たちに会って話を聞いた。
「娘の死が虫けらのように(検察に)処理されたのは許せません」と訴える千葉県鎌ケ谷市の飯田和代さん(54)。神奈川県茅ケ崎市の渡辺治重(はるえ)さん(52)は「息子が死んで自分も死んだような気がして。家に閉じこもり、毎日ただ、ぼうぜんと過ごすしかありませんでした」と言って涙ぐんだ。
それぞれの遺族が癒(いや)しがたい悲しみを抱え、捜査への怒りを持つ現実を目の当たりにした。日常化した交通事故の陰で、どれだけ多くの悲劇が繰り返されているか、改めて教えられた。
隼君の事故をめぐっては、交通事故捜査の問題点が浮き彫りになった。両親の不服申し立てを受けた東京高検は9月、加害者の不起訴を取り消した段階でも「当初の地検の捜査が不十分だったとは考えていない」と弁明した。東京地検は、起訴した時点でようやく「結果的に捜査が不十分で、誤りだったと認めざるを得ない」と謝罪した。
しかし、他の事故でもずさんな捜査が行われたケースは少なくない。隼君の事故に限らずに、捜査に誤りがあれば非を認める姿勢が強く求められる。隼君の事故を契機に、各地の検察審査会が「不起訴不当」を相次いで議決している事実を捜査当局は重く受け止めるべきだろう。
捜査情報の被害者への非開示、地域による配置の偏りなど検察をチェックすべき検察審査会の体制の不備、事故原因を究明する科学捜査の遅れ……。事故捜査の課題は多い。とりわけ、事故の刑事処分が確定しないと公開されない実況見分調書について、捜査段階で早期開示することは、加害者の言い分に頼る捜査を排除し、公平性を保つ意味で急務だ。
そして何よりも、検察・警察に、被害者や遺族とともに泣く姿勢がなければ、これらの課題の解決はあり得ない。
「隼の死を無駄にしないよう、事故の教訓を皆さんに役立てていただきたい」。つらい記憶がよみがえる事故現場にほとんど足を運ばなかった章代さんは、地検が加害者を起訴した日、報道陣に感想を求められ、そう話すのが精いっぱいだった。その言葉に込められた悲しみを胸に刻み、取材を続けていきたい。
[1998-12-08-21:37]