「死」というものを実感として受け止めることができないものかと考え、試みに、犬の死骸を海岸で見続けることにした。
一日目、この犬の一生は幸せだったのかと頭を撫でて思った。
二日目、犬の顔が悲しそうに見えてきた。少し臭いも強くなったようだ。
五日目、死んだ場所にカラスが沢山集まって柔らかい眼や肛門を喰っていた。
七日目、体が膨張し血液や膿が流れ、ハエが沢山とまり臭いも著しくなった。
十日目、口の中に蛆がわき、体も二倍に膨れ上がっていた。
手で触ると温かいまた体に熱がもどってきたのだと感動し思わず手をあわせた。
十二日目、腹の皮が破れ蛆がいっぱいに詰まっているのが見えた。
熱は蛆と蛆の摩擦によるものとわかりがっかりし、死は醜く、哀れなものだと思った。
十五日目、顔の皮も破れ骨が見え、体も薄くミイラの様になり、臭いも少なくなった。
死骸が埴輪の様に美しく見え、これを写真に撮った。
二四日目、蛆もいなくなり、頭、足、体もバラバラになり、もうどんな生物も、
これを喰うことはないだろう。その時、この犬が始めて死を迎えたような気がした。
三二日目、小さな白い骨だけになり、土の中へ吸い込まれていくような気がした。
四九日目、死んでいる場所には新しい草が繁り、犬の存在は消滅した。