羯諦

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「羯諦」の写真

 「阿羅漢」「不浄観」と作品の制作を終え、次のテ−マを色々と模索していた。

 頭の中にあるのは仏教でいう所の四苦、つまり「生老病死」の「老い」、または「病」を写真にしたかった。

 しかし、「病」というテ−マは病人の姿や様子を写し出した所で、仏教でいう所の「病」ではない。単なる目に写った真実の表面だけではないのか。仏教でいう所の「病」というのは人間が持っている業による苦である。これを写すだけでは、私の考えている写真にはならない様に思えた。

「老い」というテ−マでも同じ事だった。老人の老いぼれた姿や生活の様子を撮るだけでは次の写真のテ−マには遠い気がした。

 ある時、友人との会話の中で老人のヌ−ドという言葉が出た。これだと思った。「老い」とは老人の肉体を複写するだけでよかったのである。あとは老人を探しさえすれば良いのだから半分以上はできたのも同然だった。

 それから何十人かの老人のヌ−ドを撮った。セレクトすると、残ったのは九十歳ぐらいの女性の写真ばかりになったが、確実に写し撮れたのは「物としての人間が、消えゆく前の最後の肉体」だったと思う。


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